和歌山県生まれの片岩裕貴さんは、大学院卒業後、東京のIT関連会社に就職したが、残業に追われて気が休まらない生活に疑問を感じて退職。その後、インドの孤児院に滞在して子供たちを支援するボランティア活動に参加し、人と人との温かい触れ合いや、自然の恵みを生かした自給自足に近い循環型の生活に魅力を感じた。帰国後、和歌山県田辺市の実家に戻り、都会では得られなかった心の余裕を取り戻し、自分らしい幸せを見つけることができた。

片岩裕貴(かたいわ・ひろたか)さん 和歌山県田辺市・38歳・会社員 取材●長谷部匡彦(本誌) 撮影●中橋博文

片岩裕貴(かたいわ・ひろたか)さん
和歌山県田辺市・38歳・会社員
取材●長谷部匡彦(本誌)
撮影●中橋博文

「心で強く描いたものが現れる」

──いま、お仕事は何をされているんですか?

片岩 ここ(和歌山県南部の田辺市)から車で25分程の白浜町(しらはまちょう)にあるIT関連会社で、ソフトウェアの開発に携(たずさ)わっています。東京でもIT関連会社に10年間勤めたことがあるんです。

──和歌山に戻って働くようになられたきっかけは何だったんですか?

片岩 私は田辺市で生まれ育って、地元の高校を卒業後、京都大学でバイオテクノロジー(生命工学)を学びました。大学から大学院に進み、大学院を卒業した後、JICA(ジャイカ)(国際協力機構)のボランティアとして、アフリカのマラウイで理数科教師として2年間、活動しました。平成18年に帰国した後は、東京にあるIT関連のソフトウェア開発会社に就職し、一人暮らしを始めたんです。

 大学は理系でしたが、仕事では学生時代からコンピューターのプログラミングを学んでいた人との力の差を感じることがありました。サービス残業は当たり前の、心の余裕のない多忙な生活を送っていましたが、幸せが感じられなくて、自分の生き方に対して自信を失い、自分が変わらないと、という思いが湧いてきたんです。

──それで、どうされたんですか?

片岩 母親が信仰していた生長の家の話を聞いてみようと思い、東京・調布にある生長の家本部練成道場(*1)の練成会(*2)に参加しました。

 練成会では「心で強く思い描いたものが現れる」ということを学び、自分に自信をもてないから、「自信のない自分」が現れているんだと気づきました。「人間はそのままで素晴らしい神の子である」という教えを何度も聞いているうちに、「自分の中には本来すばらしいものがあるんだ」と少しずつ思えるようになりました。それからは休日などに練成会に参加したり、生長の家青年会に入会して生長の家の教えを学ぶようになったんです。

幸せを求めて

──その後、何か変化がありましたか?

片岩 仕事では目標としていたソフトウェア開発のチームリーダーを任せられました。そのプロジェクトをやり終えた時は達成感がありましたが、「このまま東京で、システムエンジニアを続けていて、幸せになれるのだろうか」という疑問がわいてきて、もっと自分が納得できる生き方をしたいと思い、平成27年、36歳のときに会社を退職したんです。

国際協力機構のボランティア活動で訪れたインドの孤児院で

国際協力機構のボランティア活動で訪れたインドの孤児院で

 その後、生長の家の総本山(*3)や宇治別格本山(*4)の練成会に参加しながら将来について考えました。以前、アフリカのマラウイでボランティアをしたことを思い出して、JICAの活動を足がかりに国際関係の仕事に就(つ)く道を模索(もさく)してみようと思いました。ホームページを調べると、インドの孤児院で子供を支援するボランティア活動の募集をしていたので、応募したら採用が決まり、平成28年1月から3カ月間、インドに行ってきました。

──インドでの生活はどうでしたか?

片岩 インド南東部の湾岸都市ビシャーカパトナムの郊外にある孤児院に滞在しました。孤児院の子供たちは、両親が他界していたり、HIV(ヒト免疫不全ウィルス)に感染して病弱だったりと、様々な事情を抱えた子供たちがいましたが、日本と少しも変わらず、みな屈託(くったく)のない笑顔で生活していました。

 孤児院では牛を飼い、その牛から乳を絞り、牛の糞(ふん)を肥料にして野菜も栽培していて、自給自足に近い循環型の生活を送っていることに驚きました。また、孤児院の小学生から高校生までの子供たちも通っている学校を訪れ、そこで日本語や日本文化も教えましたが、年下の子には必ず年上の子供がついて面倒をみていましたので、大きな家族のような雰囲気(ふんいき)がありました。

 日本では、お金さえ出せば簡単になんでも手に入りますが、インドでの人と人の温かい触れ合いや、自然の恵みを生かした自給自足に近い生活を体験して、私たち人間を生かそうとしている神様の大きな愛を感じました。

 そんな中で、自分が国際関係の仕事に就きたいと思っていたのは、実はただ「自分をよく見せたい」という見栄から来ていることに気づいて、和歌山の実家に帰ることにしたんです。

自然を感じ、肉体を使う心豊かな生活

──和歌山に戻って感じたことは?

片岩 私は、もともと地方の過疎化(かそか)の問題に関心があったんです。実際に実家の周辺は高齢者の方がほとんどで、地方では仕事が少ないため、若者は仕事を求めて都市部に集中し、過疎化が進んでいます。

 その一方で最近は、高速インターネット回線を利用して、自然環境に恵まれた地方に拠点を置く企業が増えてきていますね。実家の隣にある白浜町も、総務省と連携して積極的に企業を誘致していて、幸いにも前の仕事の経験を生かせるIT関連会社に就職することができました。いまの仕事も、東京の時とあまり変わらず忙しいですが、東京にいた時よりも気持ちにゆとりが持てるようになりました。

──気持ちにゆとりが持てるというのは?

片岩 もともとのんびりした性格の私にとって、情報が常に溢(あふ)れている都会に合わせて生活していくこと自体が大変でした。でも今は、休日に自然豊かな場所を気軽にサイクリングするようになって、気持ちにゆとりが持てるようになったのだと思います。

白浜町にある白良浜で。「自然の素晴らしさを体感できる場所だと思います。いつか、生長の家の仲間たちと、ここでサイクリングイベントをしたいですね」

白浜町にある白良浜で。「自然の素晴らしさを体感できる場所だと思います。いつか、生長の家の仲間たちと、ここでサイクリングイベントをしたいですね」

 私のよく行くサイクリングコースは、会社のある白浜町を周遊する道です。真っ白のさらさらな砂浜と透(す)き通(とお)る青い海で、観光地にもなっている白良浜(しらはま)もあり、海沿いを走ると、とても気持ちがいいですね。夕暮れ時には、海に沈んでいく夕陽を眺(なが)めることもできます。

 ときたま自転車で約40分かけて、会社まで通勤することもあります。朝から自転車を漕(こ)いで出社すると、頭がすっきりして気持ちがいいんです。自然を感じ、身体を使うことで、仕事と生活のバランスがとれるようになりました。

──なぜ、サイクリングを始めようと思ったんですか?

片岩 生長の家では、地球温暖化の原因である二酸化炭素を大量に排出する、石油や石炭など地下資源に依存する文明から、自然と人間が共存する“新しい文明”の構築に向けて、低炭素のライフスタイルの転換を進めています。二酸化炭素を排出しない自転車に乗ることも、その一つです。また、神様から与えられた道具である肉体を活用して、人間の欲望を制御(せいぎょ)しながら、神の子の本性(ほんせい)を表現することが大切だと、生長の家で説いています。

 田舎で自然との一体感を感じつつ自分の身体も使うライフスタイルは、現代的な心豊かな生活の一つの形だと思います。ここから情報を発信して、若い方に興味を持ってもらい、過疎化の問題に貢献していきたいですね。

*1 東京都調布市飛田給にある生長の家の施設
*2 合宿して教えを学び、実践するつどい
*3 長崎県西海市西彼町にある生長の家の施設
*4 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある