谷合俊明(たにあい・としあき)さん 名古屋市天白区・29歳・会社員 取材●中村 聖(本誌)撮影●永谷正樹

谷合俊明(たにあい・としあき)さん
名古屋市天白区・29歳・会社員
取材●中村 聖(本誌)撮影●永谷正樹

 インテリア雑貨店の店長をしていた谷合俊明さんは、スタッフとの不調和に悩んだとき、生長の家の教えを学ぶ親友から、神想観(しんそうかん)(生長の家独得の座禅的瞑想法)を勧められた。神想観を続けるうち、「人間は本来すばらしい存在である」と思えるようになり、「すべてが調和した神の世界」を心の眼で観じるようになった。不調和だったスタッフにも感謝できるようになるにつれて、仕事も円滑に進むようになった。

 名古屋市内に住む谷合俊明さんは、同じ生長の家の青年会(*1)の仲間である奥さんと平成30年11月に結婚し、新婚生活を送っている。

「以前、二人で神想観をしていたときに、彼女が感極まって涙を流していたことがあり、そうした感受性が豊かなところに強く惹かれました。保育士をしている彼女は、いつも明るくて、一緒にいて本当に楽しいです」

教えに抵抗を感じていた

 谷合さんは、生長の家の誌友会(*2)で知り合って結婚した両親のもと、3人きょうだいの末っ子として育ち、大学卒業まで岐阜県で過ごしていた。

 小さい頃から両親を通して生長の家の教えに触れ、小学生の頃は、友達に会えるのが楽しみで、練成会(*3)にも参加していた。中学時代には、誌友会で会場リーダーを務めたこともあったが、次第に活動からは遠ざかった。

「高校で吹奏楽部に入部し、練習で忙しくなってしまったこともあり、生長の家の活動から気持ちが離れてしまったんです。その一方で、大学受験のときには、生長の家で学んだ『人間・神の子、無限力』という言葉で、よく自分を鼓舞していたので、心のどこかに教えはずっとあったんだと思います」

スタッフとの不調和

 平成25年に大学を卒業すると、元々興味があったインテリア雑貨を扱う会社に入社した。

「入社して2年後に、名古屋にできた新店舗の店長に抜擢されたんですが、すべてが初めての経験だったので、店長経験のある副店長の助けを借りながら、なんとか業務に取り組んでいました」

 店長になって半年後、頼りにしていた副店長が別の店舗に異動になった頃から、アルバイトの女性スタッフたちとの不調和が表面化するようになった。

「4名いたスタッフはみな女性で、僕より年上の人もいたんですが、自分の経験不足もあって上手くコミュニケーションが取れず、関係がぎくしゃくするようになってしまったんです。『指示の仕方がきつい』などと言われて反発され、僕とスタッフが対立する構図になり、スタッフの一人からは『辞めたい』と言われてしまい、精神的に追い詰められるようになってしまいました」

親友に「神想観くらぶ」に誘われて

 スタッフとの人間関係に悩むようになった谷合さんは、中学時代から生長の家の活動で仲良くしていた親友に悩みを相談した。すると、LINE上でメンバーがつながり、早朝の同じ時間に一緒に瞑想をする「神想観くらぶ」に参加しないかと勧められた。

神想観を実修する谷合さん。「朝は起きて、パジャマのまま行っています。神想観 は日々の暮らしの中心になっていて、続けることが大切だと考えています」

神想観を実修する谷合さん。「朝は起きて、パジャマのまま行っています。神想観
は日々の暮らしの中心になっていて、続けることが大切だと考えています」

「親友が立ち上げた集まりで、『よくやるなあ』くらいにしか思っていなかったんです。でも、悩んでいた僕を気遣ってくれた親友から誘われたので、状況が良くなればと思い、参加することにしました」

 しかし、毎日夜遅く帰宅する生活のサイクルだったため、早朝5時に起床して一緒に神想観をすることが苦痛になり、やり始めて1カ月ほどでリタイヤしてしまった。

「その頃は、神想観をしていてもスタッフの顔が浮かび、気持ちがイライラしたりして、しばらく続けてみても一向に状況が変わりませんでした。でも、その後、朝の6時台に神想観をする部ができたので、それならなんとか起きられると思い、もう一度取り組んでみようと思ったんです」

神想観で心が感謝に満たされる

 心機一転、年明けの平成29年1月から、再び「神想観くらぶ」に参加するようになった谷合さんは、その後、神想観の先導も任されるようになった。

「神想観に本格的に取り組むようになって、気持ちが段々と前向きに変わっていきました。仲間からの勧めで、人の良い所などを書く『祝福録』もつけるようになり、それを読み返しながら、スタッフの笑顔を想い浮かべたりするようにしていました」

 ところが、祈りを通して心が上向きかけたと思った矢先、あるスタッフから「谷合さん、接客業合わないんじゃない?」と言われ、大きく落ち込んだという。

谷合さんが使っている『祝福録』。祈りたい人の名前などを書いている

谷合さんが使っている『祝福録』。祈りたい人の名前などを書いている

「ショックが大きく、祈ることから気持ちがまた離れそうになってしまい、親友に相談したんです。親友は僕のために祈ると言ってくれて、心強かったですね。同じ頃、『観世音菩薩讃歌』(生長の家総裁・谷口雅宣著、生長の家刊)を勧められて読んだんですが、『スタッフはみんな、自分の未熟さを教えてくれる観世音菩薩(*4)だったんだ』と読みながら気がつき、涙があふれてきたんです。神想観の実修や教えの勉強を通して自分を見つめ直したことで、『自分は本来神の子で、素晴らしい存在なのだ』と思えるようになり、スタッフみんなにも心から感謝することができるようになりました」

 その後も、職場でスタッフとぎくしゃくして言い合いなどをする場面もあったが、次第にスタッフから、「最近、谷合さん変わったよね」と言われるようになっていった。以前とは違って、『みんな本来、すばらしい神の子』だと相手を拝むという思いで、スタッフと接することができる自分に変わった。

「感謝の思いをちゃんと伝えるようにしたり、良い所をほめるように意識するうち、あるスタッフからは、本音を打ち明けながら相談してもらえるようにもなりました。神想観を続けることで、それまで頑なだった自分の心がつかんでいた、物事のマイナス面を放すことができたという感じです」

自分は生かされている

 その後、転職して、現在は愛知県内にある枕の製造会社で、営業の仕事に就いている谷合さんは、神想観を通して両親に対しても感謝ができるようになったと話す。

「父からなにか相談されたりしても、強く言ってしまったりすることが多くて、両親に対して寄り添う気持ちが足らなかったと反省しました。神想観を通して本当の自分に向き合うことで、謙虚な気持ちを持つことができるようになりました。日々の暮らしの中で、瞑想の時間をつくると、神様とつながっているということの素晴らしさが感じられて、自分は生かされているんだと強く実感します。神想観を続けてこられたのは、親友をはじめとした『神想観くらぶ』の仲間がいたからこそだと思うので、これからも多くの仲間と一緒に、神想観をしっかりと続けていきたいと思っています」

*1 12~39歳の生長の家の会員の集まり
*2 教えを学ぶつどい
*3 合宿して教えを学び、実践するつどい
*4 周囲の人々の姿となって私たちに教えを説かれる菩薩