川島千央(かわしま・ちお)さん 岐阜市・24歳・会社員 「最近はクラシック・ギターにも取り組んでみたいと思っています」 取材●中村 聖(本誌)撮影●永谷正樹

川島千央(かわしま・ちお)さん
岐阜市・24歳・会社員
取材●中村 聖(本誌)撮影●永谷正樹

 大学卒業後、求人広告を扱う会社の営業職として働き始めて2年目の川島千央さんは、社会人としての厳しさを感じながらも、充実した日々を過ごしている。就職活動中はなかなか志望する企業への採用が決まらず、焦りを感じる日々が続いたが、岐阜市内で開かれた生長の家の講習会に参加したことがきっかけで、自分に自信をもつことができるようになった。

「弾くのは久しぶりですね」そう言いながら川島さんは、マンドリンを構えて爪弾いた。心地よい音色が、優しく響きわたる。母親の君枝さんが自宅でピアノ教室を開いていることもあり、小さい頃から音楽に親しんでいたという川島さんは、高校から大学にかけてギターマンドリン部に所属していた。

「音楽が好きで、バンプ・オブ・チキンといった日本のロックバンドから、クラシックまで、幅広くいろいろ聴いています。学生の頃は、定期演奏会などに向けて毎日練習に励んでいました。みんなで一つの目標に向かって頑張るのが、すごく楽しかったですね」

みんな神の子

 川島さんは3人きょうだいの末っ子として、岐阜市内で生まれ育った。生長の家の信徒の両親と一緒に、小さい頃から聖経(*1)を誦げることもあった。

「小さい頃に練成会(*2)に参加して、とても楽しかった記憶があります。その当時の自分を振り返ると、すごく負けず嫌いでしたね。勉強でも遊びでも、とにかく人に勝ちたいという気持ちがあって、テストなどはいい点を取らないと納得がいきませんでした」

 負けず嫌いの一方で、小学生の頃は他の人との付き合い方が分からず、思ったことをそのまま口にして、同級生などからいじめられることがあった。

「女の子にありがちな、『なんでも一緒に行動しないといけない』といった雰囲気が苦手で、次第にクラスのなかで孤立するようになってしまったんです。中学生の頃も、入部していたバレー部の先輩からいじめを受けていた時期があり、辛かったです」

 いじめで悩む川島さんのことを、君枝さんは気遣い、いつも川島さんの傍にいて勇気づけてくれた。

「母が私の話を聞いて励ましてくれたことが、本当に大きな心の支えでした。また、生長の家で『人間はみんな神の子』だと学んでいたので、いじめている人も本当はいい人で神の子なんだと、心を前向きにすることができました。いじめられた経験がある分、自分は人に優しくしようと思うようになったので、辛かったですが、意味のない経験ではなかったと思っています」

就職活動で悩む日々

 高校卒業後、絵画を通じてフランス文化に興味をもった川島さんは、愛知県にある名古屋外国語大学のフランス語学科に進学した。在学中はフランス北西部の都市ルーアンに1カ月ほど語学留学するなど、充実した学生生活を送った。 

「最近はクラシック・ギターにも取り組んでみたいと思っています」

「最近はクラシック・ギターにも取り組んでみたいと思っています」

 4年生となり、将来の進路を考えるようになってからは、「ひとの人生の節目に関わる仕事」に就きたいと思い、結婚式場や不動産会社を中心に就職活動を始めた。

「自分自身、人生の節目でたくさんの人にお世話になってきたので、自分も誰かの人生の大切な時期に、その人の力になれるような仕事をしたいと思ったんです。第一志望ではない会社から採用通知をいただき、それをお守りにしながら、他の会社を受けていたんですが、全然内定がもらえず焦りました。内定をもらった会社の親睦会に参加した時、周りの人に『ここ本命?』と聞いたら、みんな『違う』と答えていて、本当にこの会社に就職していいのか迷ってしまったんです」

 周りの友人が希望した企業の内定をもらっているのに、自分は思うような就職先が決まらず、悩んでいた川島さんの意識を変えたのは、相談に乗ってくれた君枝さんの一言だった。

「母から、『その会社はあなたに来て欲しいと思って採用してくれたのに、本命じゃないから行きたくないなんて言うのは、その会社に対して失礼なことをしているんだよ』と言われました。自分が中途半端な気持ちでいることは、その会社に対してすごく失礼なんだと気づかされました。その頃、岐阜市内で開かれた生長の家の講習会に母から誘われ、ちょうど就職活動を少し休もうと思っていたところだったので、参加してみようと思ったんです」

背水の陣で新たなスタート

 講習会では、『日時計日記』(日時計が太陽の輝く時刻のみを記録するように、物事の明るい面を記録する日記。生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊)に自分の「願い」を書き、努力を続けたことで希望の仕事に就けた、という体験談の発表に心を打たれた。

「自分自身の現在の状況と重ね合わせて、とても感銘を受けました。そうした体験談や講話を通して、『自分は神の子で、本来素晴らしい存在なんだから、自信を持って頑張っていけばいいんだ』と、今の自分を肯定することができたんです。その日から、自分でも『日時計日記』をつけるようになったんですが、物事の明るい面を日記に書くことで、自分の心を明るく前向きな方向へ切り替えられるのがいいなと思いました」

 新たな気持ちで就職活動を再開した川島さんは、『生命の實相』(生長の家創始者・谷口雅春著、日本教文社刊。全40巻)第7巻にある「背水の陣を布け」の項を読み、自分を鼓舞したという。

自宅近くの神社にて

自宅近くの神社にて

「お守りにしていた会社の内定を辞退し、逃げ場をなくして背水の陣を布いた上で、今勤めている、求人広告を扱う会社の面接を受けました。切羽詰まっていて、『私にはここしかない』という思いが面接官に伝わったみたいで(笑)、採用してもらえることができたんです。面接では過去の経験なども聞かれたので、いじめの話なども隠さずありのままに話すことができました。そんな自分を受けとめてもらえたことが嬉しかったですね」

 川島さんはいま、求人情報サイトを運営する会社の営業職として、企業などに求人広告を提案する仕事をしている。大変な面もあるものの、良い先輩にも恵まれて充実していると話す。

「自分が担当した広告を通して求人への応募があり、依頼されたお客様から『川島さんに頼んで良かった』と言われたときは、本当にこの仕事をやっていて良かったなって思いますね。逆に広告に反響がない場合に、お客様からクレームを頂くこともありますが、あまり自分を責めすぎないように、『お客様は自分をもっと、成長させてくれるために言ってくれている』と前向きに捉えるようにしています」

自分を信じて

 現在、自宅で「花のつどい」(*3)を主催し、教えを学びながら、仕事や恋愛などの話に花を咲かせているという川島さんは、生長の家の教えは自分を後押ししてくれる大切なものだと話す。

「大学時代、マンドリン部の定期演奏会で、すごく難しいソロを必死に練習していたとき、教化部(*4)での早朝神想観(*5)に父と通い始めたんです。演奏会当日、神想観をしていたら、どこからか自分のソロのパートのメロディーが聴こえてきて、本番の演奏がすごく上手くいったことがありました。自分を信じて努力を続けることで、どんなことも乗り越えられると感じますし、これからもお客様に喜んでもらえるように力を尽くしていきたいです」

*1 生長の家のお経の総称
*2 合宿して教えを学び、実践するつどい
*3 未婚女性を対象とした教えを学ぶつどい
*4 生長の家の布教・伝道の拠点
*5 生長の家独得の座禅的瞑想法