千羽真平(ちば・しんぺい)さん 京都府宇治市・29歳・団体職員 取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●永谷正樹

千羽真平(ちば・しんぺい)さん
京都府宇治市・29歳・団体職員
取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●永谷正樹

 中学生の時から不登校になり、13歳から20歳まで自宅に引きこもりがちの生活を送った。その間、何度か学校や予備校には行ったものの、すぐに心が折れて通えなくなり、高卒認定を取得して大学受験に挑戦するも不合格。そんな中、生長の家の練成会(*1)に参加するうちに劣等感が消えて、心が喜びであふれ、立ち直りへの道が開けた。

 さわやかな笑顔で語る千羽真平さんに、7年近くも自宅に引きこもりがちの苦悩の日々があったとは、とても想像できない。

 3人兄弟の真ん中で育った千羽さんは、小学生の頃から「良い子でありたい」という思いが強かったと振り返る。ところが中学1年生の夏休み、所属していた剣道部の練習を理由なく休んだ自分を許すことができず、学校に行けなくなってしまったという。 

 もともと成績が良かった千羽さんは、不登校を続けながらも勉強は怠らず、定期試験の時だけは登校し、平成17年3月に関西の進学校に合格。心機一転して学校に通うようになったが、12月に再び不登校になってしまった。

「無理して勉強は頑張っていたのに、苦手な体育の授業で長距離を走ることが出来ない自分を責めてしまい、また高校に行けなくなってしまったんです。高2の7月には中途退学することになり、それから再び昼夜逆転の生活を送るようになりました」

 そんな自分を変えたいという思いが募り、物作りが好きだったことから芸術大学進学をめざして高卒認定を取得。平成19年2月から、予備校に通い始めた。

「でも、引きこもっていたことを誰にも打ち明けられず劣等感の塊だったので、6月には行けなくなりました。同世代の人達と一緒にいるだけで辛くなったんです。翌年受験しましたが、結果は不合格でした」

両親への感謝で変わる

 その年の4月、千羽さんは、京都府宇治市にある生長の家宇治別格本山(*2)の練成会に久しぶりに参加した。じつは中学1年生の頃から、母親の雅美さんの勧めで宇治別格本山の練成会に何度も参加していた。生長の家信徒の叔母が千羽さんのことを心配し、雅美さんを通して勧めてくれたのだ。 

「初めて参加した中学の時は、個室でモニター越しに『人間は神の子である』という話を聴いただけで、すぐに帰ってしまったんです。その後も何度か母に連れられて行きましたが、その場にいることに耐えられず、1日か2日で帰ってしまっていました」

 だがその年は、個室からの参加だったものの、自分を変えたいという思いから、10日間の日程のうち8日目まで残った。初日に泣いていた女性の参加者が、7日目には笑顔になっていたのが印象的で、「練成会で人は変わるのだ」と思った。しかし練成会から戻っても、またすぐに予備校に通えなくなり、2度目の大学受験も不合格だった。

「受験に2度失敗したことで、心の問題を解決しなければ、この先も同じことの繰り返しになると焦るようになりました」

 そして平成21年4月、一大決心して参加した練成会で、講師の個人指導を受けると、「問題解決の糸口は、両親への感謝にある」と言われ、宇治別格本山の研修生になることを勧められた。

「劣等感を手放すことと、『変わりたい!』という思いが大切だと思います」

「劣等感を手放すことと、『変わりたい!』という思いが大切だと思います」

「両親との仲は悪くなかったので、感謝はできていると思っていました。でも『つもりの感謝じゃダメなんだよ』と言われ、練成会で教わったコトバの力を活用して、常に心の中で『お父さん、ありがとうございます。お母さん、ありがとうございます』と唱えるようにしたんです」

 すると、「自分は親に愛されていない」と感じていたことや、両親に迷惑をかけてきたことに対して、申し訳ないという気持ちでいっぱいだったことに気づいた。それを講師に話すと、「浄心行(じょうしんぎょう)(*3)」を受けるよう勧められた。

「渡された用紙に、人を恨んだりしているマイナスの思いだけでなく、自分を責める気持ちなども書くといいと言われて、びっしりと書きました。その紙を焼却しながら感謝の言葉を唱えていると、『かけてきた迷惑以上に両親はいつも温かく見護り、愛してくれていたんだ』という感謝の思いが湧いてきました。それで、もっと教えを学びたいと思い、道場の研修生として残ることにしたんです」

神想観で心を浄める

 平成21年4月末から10月までの約6カ月間、研修生として過ごした千羽さんは、毎日5時からの神想観(*4)の実修と聖経(*5)読誦、日中は講師の講義や感謝行(*6)、献労(*7)などを行い、夜8時からは先祖供養を行った。

「研修中は、早朝4時半から行われる幽斎殿での神想観の実修にも参加しました。その中で『この現象界は心の影であり、妄想のようなものである。それらはすべて浄められて、本当の素晴らしい神の子のすがたが現れる』といった意味の言葉を繰り返し唱え続けるうちに、良い子で頑張らなくても、そのままで愛されていい自分なんだと、自分の存在を肯定できるようになりました」

 ところが、研修生を終えて予備校に通い始めると、再び通えなくなってしまった。さらに翌年の3度目の受験にも落ち、1カ月間だけ再び研修生になることを決めた。

「2回目の研修生活のなかで、受験勉強をしていた時の自分は、合格することだけに執着し、『我の力』だけで頑張っていたことに気がつきました。『もう結果がどうなろうとも、神様にすべてをお任せする』という気持ちになり、次の受験で落ちたら就職してもいいと思い、研修生を終えました。気持ちが楽になったおかげで、その後は普通に予備校に通えるようになったんです」

 そして長年の努力が実り、翌年、希望していた大学に合格。大学を4年間で卒業し、大手家具製造メーカーに就職した。そして現在は、縁のあった生長の家宇治別格本山の職員として働いている。

「神想観を続けるうちに、心の中が光に充たされて、『神の子』としての自分を拝むことが出来るようになりました。劣等感から解放されれば、人はどこからでも新しいスタートが切れると思います」

*1 合宿して教えを学び、実践するつどい
*2 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*3 過去に抱いた悪感情や悪想念を紙に書き、生長の家のお経『甘露の法雨』の読誦の中でその紙を焼却し、心を浄める行
*4 生長の家独得の座禅的瞑想法
*5 生長の家のお経の総称
*6 「ありがとうございます」と感謝の言葉を連続して唱える行
*7 感謝の気持ちで行う労働奉仕