多久  剛(たく つよし)さん 山口県山口市・28歳・団体職員	 取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●中橋博文

多久 剛(たく つよし)さん
山口県山口市・28歳・団体職員
取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●中橋博文

 6人きょうだいのなかで育った多久剛さんは、経済的に豊かな生活を夢見て税理士の資格取得をめざしていた大学時代、勉強が捗(はかど)らない焦(あせ)りから過呼吸が起こるようになり、やがて躁鬱病(そううつびょう)を発症して部屋に引きこもるようになった。そんなとき、生長の家の教えに触れたことで、立ち直るきっかけをつかんだ。

 小高い丘の中腹に位置し、背後を豊かな森林に囲まれた生長の家山口県教化部(*1)を訪れると、職員の多久剛さんが、屈託のない笑顔で迎えてくれた。

 多久さんは6人きょうだいの5番目として育った。父親が自衛官で転勤を繰り返し、家族が多かったこともあり、中学2年生の頃から両親と離れ、父の実家である熊本市で高齢の祖母と2人で暮らすようなった。

 ところが中学3年生の9月、部活が終わって帰宅すると部屋が真っ暗で、胸騒ぎを覚えて灯りをつけると祖母が床に倒れていた。

「祖母は当時82歳でしたが、くも膜下出血で亡くなったんです。そのとき傍(そば)にいてあげられなかったことで、自分を責めました。当時は意識していませんでしたが、仕事の都合とはいえ親と離れて暮らさなければならなかったことで、親を恨(うら)むようになっていたんですね。それからは、お金さえあれば家族一緒に暮らせて、こんなことにはならなかったのにと思い、経済的に豊かな生活を夢に描くようになりました」

祖母・ヒサコさんの遺影

祖母・ヒサコさんの遺影

夢が崩れる

 商業高校に進学すると、入部した簿記同好会の顧問教師から、高収入が見込める税理士資格取得を勧められた。それからは簿記を懸命に勉強するようになり、山口大学経済学部経営学科へ入学後は、経営学を専攻しつつ、税理士や公認会計士を目指す「職業会計人コース」を選択。毎日13時間以上も勉強に励み、それ以外のことには目もくれない生活を送った。

 大学3年生の12月には、税理士の資格に必要な5科目のうちの2科目を取得。ところが残り科目の勉強が思うようにはかどらず、就職先を決めていく同級生に対しても強い焦(あせ)りを感じた。「夢が崩れていくような気がして、そんな自分には価値がない、とさえ思うようになってしまったんです」

 大学3年生の終わり頃には、不安から頻繁(ひんぱん)に過呼吸が起こるようになり、病院にいくことも思いつかず、発作的に大きな橋から川に飛び込んで死のうと思った。「ちょうどその時、母からケイタイに電話がかかってきたんです。その電話がなかったら、川に飛び込んでいたかもしれません」

 熊本の実家に帰り、精神科で診(み)てもらうと躁鬱病(そううつびょう)と診断された。処方された薬の副作用からか、ほとんど寝ているような状況が続き、大学を休学。もとの生活に戻らなければとの焦りから、無理をして山口に戻るのだが、不安が頭から去らず部屋に引きこもり、また熊本に帰るという状態を何度も繰り返した。

光が差し込む

 そんな状況を変えたいと思い、好きだった経営の本を読み始めた多久さんは、京セラの創業者・稲盛和夫氏の本で、氏が青年時代に生長の家の教えに触れたことが書かれていて驚いた。

「生長の家は祖母と母が信仰していたんですが、そのときは優しかった祖母を思い出して、生長の家の教えで自分は変われるかも知れないと思いました」

 実家にあった生長の家の本を夢中で読み始めると、だんだんと生きる意欲が湧き始め、次第に生長の家の人に会ってみたいと思いが出てきた。母親に勧められて誌友会(*2)に参加し、生長の家宇治別格本山(*3)の練成会(*4)に行くことを勧められた。

 平成23年3月、多久さんは宇治別格本山の練成会に参加して講師に悩みを打ち明け、祖母に対する後悔の思いを初めて吐露(とろ)した。「講師の先生から『おばあちゃんはね、あなたが本当に幸せになることを願っているんだよ』と言われて、その言葉がスーッと心に入ってきました。張り詰めていた心の糸が切れ、涙があふれてきたんです」

 練成会では「人間は本来神の子」であり、「肉体はなくなったように見えても、生命は永遠不滅の存在である」と教えられた。さらに浄心行(*5)のなかで、祖母に申し訳なかったという思いを用紙に書き、生長の家のお経『甘露(かんろ)の法雨(ほうう)』を読誦(どくじゅ)しながら焼却すると、涙が止まらず嗚咽(おえつ)をもらした。

「祖母が横に居て、喜んで聞いてくれているような気がしました」

未来に向かって

 気持ちが明るくなって練成会から戻り、病院で医者の診断を受けたところ、もう薬は飲まなくてもよいと言われた。1年半ほど続いた引きこもりから外出できるようになって大学に復学。就職活動を始めたが、「税理士になって金を儲(もう)けたい」というが願望が消えていることに気付いた。

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 その後も山口県教化部での練成会に参加し、それまで心配をかけた母親に感謝したくなって電話をしたとき、中学時代に離れて暮らさざるを得なかった生活に恨みを抱いていたことも打ちあけて謝った。

 また平成24年の正月、大学に通わせてくれていた父親には、税理士を目指す気持ちが消えた自分の今の思いを伝えた。「怒られると思っていたのですが、父は涙を流しながら、自分が好きな仕事をしなさいと言ってくれました。父が涙を流すのを初めて見て、自分は愛されていたんだと感じ、世界が輝いて見えました」

経験を生かして

 多久さんは、平成24年春に大学を卒業後、生長の家の教えを真剣に学び、多くの人の役に立ちたいという思いから、生長の家山口県教化部に就職。そこで練成会の運営を担当するようになった。ある練成会で、暗い表情の男子高校生が気になって話を聞くと、成績が悪く退学寸前で、不登校に近い状況だった。

「なんとかしてあげたいと思い、男の子とLINEや電話でやりとりをしながら勉強を教えました。そして、自分はだめだと思っていた彼の努力したところを褒(ほ)めるようにしました」

 その男子高生は学校に通い始め、やがて成績もあがり、最終的には目標を見つけて専門学校に進学することが決まった。多久さんは、引きこもりで悩む人へのアドバイスとして、こう話してくれた。

「1つは、人を傷つけたりすることが出来ない自分の優しさに気付いて、もっと自分を認めて欲しいですね。2つめは、外に出られない時間は、自分にとって必要な時間だと思い、自分を責めないこと。3つめは、誰にも話せない状況が、人間にとっては一番つらいので、話せる人を探して気持ちを聞いてもらうことです。もし話せる人がいない場合は、各地で開催されている練成会に参加してみてください。きっと温かく話を聞いてくれます」

*1 生長の家の布教・伝道の拠点
*2 生長の家の教えを学ぶ小集会
*3 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*4 合宿して教えを学び、実践する集い
*5 過去に抱いた悪感情や悪想念を紙に書き、生長の家のお経『甘露の法雨』の読誦のなかで、その紙を消去し心を浄める行事