谷口雅春著『如意自在の生活365章』 147ページ、日本教文社刊

谷口雅春著『如意自在の生活365章』
147ページ、日本教文社刊

 私たちは「神の子」です。神は「神の子」なる人間を常に愛しています。親は、愛する子が喜んでいてくれることが一番嬉しいのです。どこまでも幸せになってほしくて仕方がないのです。

 しかし、時として私たちは幸福になることを遠慮してしまいます。「あんなことをしてしまったのに」とか、「自分なんてまだまだ」「とてもじゃないけど無理だ」と、せっかく頭に浮かんだ幸福を自分で取り消してしまいます。そして真面目な人ほど、「幸福になりすぎると逆に不安になる」「今の私にはこれくらいでいいのだ」と、小さな幸せで満足しようとします。それを時には美徳とさえ思います。

 ところが、神様が私たちにどんなに幸せを与えたくても、私たちが受け取らなければ与えることはできません。即ち幸福を遠慮することは神の願いに反することになり、それほど「親不孝」なことはないのです。

 親なる神様に孝行をしようと思うならば、私たちは遠慮なくどこまでも、幸福になってよいのです。「喜ぶこと」が親孝行です。幸福は神様から無限に与えられているのですから、どこまで幸せになっても、なり過ぎるということはないのです。(千羽  真平<ちば・しんぺい> 生長の家本部講師補。生長の家宇治別格本山勤務)