阿弥陀如来(あみだにょらい)、薬師如来(やくしにょらい)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)……。信仰の対象として崇められ、人の心を癒やし、魅了してきた仏像。その仏像を彫る人は何を思い、何を伝えんがために仏を彫り出すのか。その“心の軌跡”を紹介していきたい。

「風神のお像」(檜材、像長10センチ)。令和元年5月4日謹刻

「風神のお像」(檜材、像長10センチ)。令和元年5月4日謹刻

松村智麿(まつむら・ともまろ) 1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

松村智麿(まつむら・ともまろ)
1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

 風には、爽やかに吹くそよ風もあれば、見境もなくなんでも吹き飛ばしてしまう強い風もある。今回は、そうした風に所縁のあるお像「風神」を彫り参らせた時のことについて、師から教えていただいた技法とエピソードを交えて紹介してみたい。

 この風神のお像、体型はどちらかというと子どもの体型であり、顔は童顔で、膨らみ加減に彫られている。なぜ、膨らんでいるのかと言えば、それは、早く一人前の風神になろうとして、精一杯体を膨らませ、懸命に「風を吹く練習」をしているからだという。

 師は、「風にはいろんな風があるけど、人間の都合でいい風にしたり、悪い風にしたりしてはあかん。子どもを見てみい。親の都合を優先させて育てたら、反抗したりして決して良い子には育たんで。その逆に子どもの仏性を見て、信じて育てると自然と良い子に育つんや。風も、どんな風でも自然の姿として受け入れることが大切で、そのことを教えているのが、風神のお像なんやで」と言った。

 師のこの言葉を思い起こすと、昨今、日本のみならず世界中で頻発している気候変動による大規模な風水害は、まさしく人間の都合で育てた子どものような様相を呈しているのではないかという気がしてならないのである。

 さて、風神の腰より下に着けている褌は、鬼を連想させる。鬼は、節分においては「鬼は外」などと厄介者扱いされているが、仏画で見られる地獄の絵図では、現界で悪事を犯した亡者を、針山へ追い立てる役目を持っている。

 鬼が厄介者としての役目しかないならば、悪事を犯した亡者を針山へ追い立てる所作は矛盾しているだろう。それを踏まえて、鬼は、本来神仏の使いであり、ただ任されているところが地獄であるために、それに相応しい容姿をしているというのが、本来の意味するところだと言われている。

 像高12センチにも満たない小さな風神だが、なかなか味わいの深いお像である。

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