今森光彦(いまもり・みつひこ)さん(写真家) 聞き手/永井暁さん(生長の家国際本部職員、生長の家本部講師補) 写真/堀 隆弘 40年以上にわたって、里山やその周辺をフィールドに写真を撮り続けてきた今森さん。右後方に見えるのは、今森さんのアトリエ 今森光彦さんのプロフィール 1954年、滋賀県大津市生まれ。写真家。木村伊兵衛賞、土門拳賞、毎日出版文化賞などを受賞。琵琶湖を望む自然豊かな里山の姿とそこに生きる人たちの暮らしぶり、昆虫などの生き物たちを撮り続けている。新しい視点で自然環境を探る試みは、国内外で高く評価されている。著書は、写真集『昆虫記』(福音館書店1988年)、『里山物語』(新潮社1995年)、写真文集『里山の道』(新潮社2001年)、『今森光彦の里山さんぽ図鑑』(世界文化社2013年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社2015年)、エッセイ集『里山の少年』(新潮社1996年)など多数。DVDに「オーレリアンの庭 今森光彦 四季を楽しむ里山暮らし」(NHKエンタープライズ2018年)がある。

今森光彦(いまもり・みつひこ)さん(写真家)
聞き手/永井暁さん(生長の家国際本部職員、生長の家本部講師補)
写真/堀 隆弘

40年以上にわたって、里山やその周辺をフィールドに写真を撮り続けてきた今森さん。右後方に見えるのは、今森さんのアトリエ

今森光彦さんのプロフィール
1954年、滋賀県大津市生まれ。写真家。木村伊兵衛賞、土門拳賞、毎日出版文化賞などを受賞。琵琶湖を望む自然豊かな里山の姿とそこに生きる人たちの暮らしぶり、昆虫などの生き物たちを撮り続けている。新しい視点で自然環境を探る試みは、国内外で高く評価されている。著書は、写真集『昆虫記』(福音館書店1988年)、『里山物語』(新潮社1995年)、写真文集『里山の道』(新潮社2001年)、『今森光彦の里山さんぽ図鑑』(世界文化社2013年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社2015年)、エッセイ集『里山の少年』(新潮社1996年)など多数。DVDに「オーレリアンの庭 今森光彦 四季を楽しむ里山暮らし」(NHKエンタープライズ2018年)がある。

inoti113_rupo_2 古来の豊かな自然が失われつつある日本では、自然を守る一環として、里山を保全するためのさまざまな取り組みが行われている。そんな中、琵琶湖を望む滋賀県大津市仰木(おうぎ)にアトリエを構え、そこで暮らす人たちと共に生きながら、40年以上にわたって四季折々の里山の風景、昆虫などの小さな生き物たちを撮り続けている写真家・今森光彦さんに、里山の魅力、植物や昆虫との触れ合い、里山を守るにはどうしたらいいのかなどについて聞いた。

人が暮らし、さまざまな生き物が住む里山

──私は滋賀県出身で、今森さんとは同郷です。今日、お会いできるのを楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。里山と言ってもいろんな定義があると思いますが、今森さんが考える里山とはどんなものなのか、まずその辺からお話しいただけますか。

今森 ここ仰木で写真を撮るようになって、気づいたことが一つあります。それは、被写体となるすべての生き物が、この地の農家の人たちの営みと歩調を合わせているように見えたことなんですね。

キアゲハ 4月 花の上のファッションショー  花に来るチョウ 「チョウは野の花に負けず劣らず美しい。虫を誘うために美しく着飾った花々の上を、軽快に舞う姿は、お花畑の主役と言っていいだろう。チョウたちの着飾った、さまざまな紋様や色彩は、仲間を見分ける合図にもなる」今森光彦『昆虫記』(福音館書店)より。以下同じ。

キアゲハ
4月 花の上のファッションショー 
花に来るチョウ

「チョウは野の花に負けず劣らず美しい。虫を誘うために美しく着飾った花々の上を、軽快に舞う姿は、お花畑の主役と言っていいだろう。チョウたちの着飾った、さまざまな紋様や色彩は、仲間を見分ける合図にもなる」今森光彦『昆虫記』(福音館書店)より。以下同じ。(写真は、今森さん提供)

 例えば、皆さんよくご存知のアカトンボと呼ばれるアキアカネは、春には水が張られた田んぼでヤゴとして過ごし、初夏になると田んぼから水がなくなる直前に、トンボになって飛び立って行くんです。これなど、農家の人と示し合わせて暮らしているようにしか思えないんですよ。 

 また、アマガエルなどの小さな生き物も、野生の中に好んで棲んでいると思われがちですが、こうした小さな生き物は、実はそのほとんどが人と共存して生きているということが、自分の体験を通して分かってきたんです。それで、原生の自然とは違ったもう一つの自然があると思うようになり、それが私の写真の軸になっている、「人が暮らし、さまざまな生き物が住む里山という空間」なんです。

──里山にいる小さな生き物は、人と共存しているものなんですね。

今森 里山というと、その字の通り、「里にある山」というイメージがあるかもしれませんが、この場合の山は「マウンテン」という意味ではなくて、野良仕事の野良、人が米や野菜を収穫したり、薪などのエネルギーを調達する場所という意味なんです。こうした場所では、人間と他の生き物が共存し、お互いが住みやすい環境をつくってきたわけです。

「田植えが終わったばかりの棚田。苗や柿の若葉が、朝日を浴びて美しく輝く」(『里山物語』より)

「田植えが終わったばかりの棚田。苗や柿の若葉が、朝日を浴びて美しく輝く」(『里山物語』より)

 ですからその意味で、里山とは、「原生の自然(小さな生き物を含む)と人里をつなぐ奥山、雑木林、人家といった昔からの農業環境全体の空間」のことであり、「私たちのそばにある、日本でもっとも美しい自然のことである」と私は思っているんです。

生命が凝縮した空間 魅力溢れる仰木の地

──アトリエを構えていらっしゃる、この仰木という場所の特徴や魅力について教えていただけますか。

クロナガオサムシ 12・1・2月 冬空の下で 虫の冬ごし 「真冬の間、虫たちは思い思いの場所で、深い眠りについている。寒い冬空の下で、みんなどんな夢をみているのだろうか。長い冬はまだまだ続く」

クロナガオサムシ
12・1・2月
冬空の下で 虫の冬ごし

「真冬の間、虫たちは思い思いの場所で、深い眠りについている。寒い冬空の下で、みんなどんな夢をみているのだろうか。長い冬はまだまだ続く」(写真は、今森さん提供)

今森 私のアトリエは、比叡山の懐に抱かれた仰木地区を縦断して流れる天神川を見下ろせる、小高い場所に建っています。とても景色がよい所で、北には近江八景の一つ、比良山(ひらさん)系の峰々が望まれ、南には棚田が広がっていて、浅い谷を挟んだ辺りには昔ながらの旧家も見えます。

 inoti113_rupo_7この光景を眺めていると、ほっとするんですが、中でも私が一番好きなのは棚田です。特に、谷の正面から棚田に朝日が昇ってくる時などは最高ですよ。琵琶湖の向こう側に連なる鈴鹿山脈から太陽が顔を出し、日が高くなるにつれて、棚田の谷に少しずつ光が差し込んでくるんです。さらに、その光が隅々に行き渡って、棚田がくっきり姿を現す、その瞬間が、まさに“至福の時間”なんです。

──お話を聞いているだけで、光に満ちた棚田の光景が目に浮かんできますね。

今森 里山の中で、田んぼほど季節によって変わる風景はありません。田んぼは、人間がつくっているものなので、きっちり暦通りに変化していくんですね。

 5月になると、田んぼに水が張られて苗が植えられ、7月、8月には、青々と生長した稲が風になびき、9月に入ると黄金色に輝き出す。稲刈りが終わると、田んぼは黄土色に様変わりして、広々とした世界が広がる──私は、こうやって、劇的に変化していく田んぼを見るのが大好きなんです。

 里山には田んぼ、雑木林、集落などがあって、そこにさまざまな小さな生き物が生息する、そんな“生命の凝縮した空間”が、ここ仰木であり、それがまた、仰木の一番の魅力ではないかと思っています。

自然の世界には、一回見ただけで済むものはない

──今森さんは40年以上、仰木やその周辺のフィールドで写真を撮り続けているわけですが、撮影する時に、ご自身の中で一番大切にしていることはなんでしょうか。

今森 「固定観念に捉らわれない」ということでしょうか。何かのエッセイにも書いたと思んですが、私たちって一度何かを見てしまうと、再び見た時に「ああ、これもう見た」と言って、見るのをやめてしまうことが多いと思うんです。私は年に数回、子どもたちを対象に「里山塾」を開いて、里山の環境を体験してもらっていますが、この時も子どもたちに何かを見せると、「あっ、これ見たことがある」と言って、それ以上見ようとしない。でも自然の世界には、一回見ただけで済むというようなものはないんです。

春の訪れを告げるスミレの花に見入る。何度、見ても飽きることは決してないという。右は、聞き手の永井暁さん

春の訪れを告げるスミレの花に見入る。何度、見ても飽きることは決してないという。右は、聞き手の永井暁さん

 例えば、タンポポなどは誰もが見慣れた花ですが、私はいまだに食らいつくようにして凝視しています。その時々、タンポポを見る自分の立ち位置を変え、見る角度を変えることで、見え方がまったく違ってくるからです。だから何回見ても、飽きるなんてことは決してないんですよ。

 被写体と対峙する時は、先入観を捨て、気持ちを常にニュートラルにしておくということです。すると、いつも新たな発見があり、新しい感動が生まれるんです。だからこそ40年以上も、同じフィールド、同じテーマで写真を撮り続けていられるんだと思います。

──「自然の世界には、一回見ただけで済むようなものはない」という言葉は、すべてのことにあてはまる気がしますね。

今森 もう一つは、どんな風景、どんな生き物、どんな花でも、「私たち人間と一つのいのちなんだ」という思いを抱きながら、同じ目線でシャッターを押しているということです。人間はもとより、すべてのものは自然の一部であると、無意識のうちにそう思っている自分がいますね。

大学生の時に仰木に出合いアトリエを構えるまでに

──仰木の地との出合いは、どんなことがきっかけだったんでしょう?

今森 初めての出合いは大学生の頃で、しかも偶然だったんです。大学生になって車の免許を取ったばかりの9月の中頃、ふっと思い立って、滋賀県大津市にある自宅を車で出発し、琵琶湖の西岸を北へと向かいました。漁師さんたちが集まる、琵琶湖畔の堅田(かたた)という古い町を訪ねようと思い、琵琶湖から比叡山の方に走っていたつもりだったんですが、どこでどう間違ったのか、ある集落に迷い込んでしまい、突然、小高いところにある墓地に出てしまったんです。

 何か見えるかもしれないと思って、車を降りて墓地に駆け上がると、目の前に、一面、黄金色に染まった棚田が開けていました。棚田の手前に大きな谷がゆるやかに広がり、遙か遠くに比良山、右側に琵琶湖を望むその光景を見た時、なぜか胸がジーンと熱くなるのを感じたんです。それが、仰木の地との最初の出合いでした。

──感動的な出合いですね。

オーレリアンの庭で、はさみを手に植物の手入れをする

オーレリアンの庭で、はさみを手に植物の手入れをする

今森 その時、この直前の夏休みに、好奇心に駆られて訪れたインドネシアでの体験を思い出したんです。私はまずバリ島に行き、次いで中部にあるスラウェシ島(旧セレベス島)に渡って1カ月ほど過ごしたんですが、そこで毎日目にしていたのは、何の変哲もない広大な田んぼの海原でした。ところが、田んぼとはあまり縁がない、大津市の市街地に近いところで育った私は、この何でもない田園風景に強く心を打たれたんです。

 同時に、「日本では、こういう田園風景はもう見られないんだろうなあ」とも思ったんですが、日本に帰って2週間ほどして出合ったのが、仰木の棚田だったんですね。自分が住んでいる町から近いところにも、スラウェシ島で見たような田園風景があったということに、とても感動しました。

 その時、ちょうど写真に興味を持ち始めた頃だったので、それを機に、仰木をフィールドに写真を撮るようになりました。それが高じて、30代の初めにここでアトリエを構えるまでになり、今日に至っているということなんです。

オーレリアンの庭は、その全体がエコトーン

──『オーレリアンの庭 今森光彦 四季を楽しむ里山暮らし』(NHKエンタープライズ)というDVDを観させていただきましたが、「オーレリアンの庭」とは、どんなものなんでしょうか。

今森 アトリエを建てる時に思ったのは、小さくてもいいから、雑木林、ため池、土手、畑などがあって、生き物たちが集まる庭を作ろうということでした。しかも、多様な環境の変化が見られ、さまざまな生き物に出合えるエコトーンにしたいと思ったんです。

 エコトーンというと、何か特別な場所のように思われがちですが、決してそうではなくて、他よりもいろんな種類の鳥や昆虫などがいると感じられる場所は、たいがいエコトーンなんです。雑木林、ため池、土手や畑、それぞれに生き物が生息し、こうした生き物たちが、狭い範囲の中で同時に見られる、そんな環境の庭を作りたいと考えたんですね。inoti113_rupo_9

 私はチョウが好きなものですから、「チョウを愛する人の庭」という意味で「オーレリアンの庭」と名付け、まずチョウを棲まわせたいと考えました。それで、もともと生えていた、チョウの幼虫が食べる植物である食草(食樹)を刈らずに残したり、植えたりしてチョウが棲める環境も整えた結果、庭全体がエコトーンになったんです。

──オーレリアンの庭には、どんなチョウがいるんですか。

今森 初夏にはブッドレア、ボタンクサギなどが花を咲かせ、そこにクロアゲハ、ナガサキアゲハ、アゲハチョウ、キアゲハ、カラスアゲハなど、アゲハチョウのほとんどの種類が来るようになりました。これらのチョウは、蜜を吸い終わると、クヌギのはさ木(稲木(いなぎ))が並ぶアプローチ(小道)を、ゆっくりと飛翔しながら隣接する雑木林に入り、木々の葉に止まって羽を休ませる。彼らはこの庭で、異なる環境を使い分けて暮らしているんですね。

inoti113_rupo_10 こうして今では、70種類あまりのチョウが、オーレリアンの庭に来るのではなく、この庭で産卵し、サナギから羽化して、庭を舞うようになりました。“チョウを呼ぶ庭”というのはよくありますが、“チョウが生まれる庭”というのはそうそうないと自負しています。

里山の再生は、掛け替えのない場という自覚から始まる

──お話を伺ってきて、里山を守り、育てていくことが本当に大切なんだと感じました。今森さんは、日本の里山の環境を後世に残していくためには、どうしたらいいとお考えですか。

今森 里山を守ったり、再生したりするのは、正直言って難しい面があるのは確かです。里山は、その土地に人が暮らしている場所であるため、国立公園などを保全する時のように、人の立ち入りを制限して管理し、維持するということができないからです。

「撮影する時に一番大切にしているのは、固定観念に捉らわれないこと」と語る今森さん

「撮影する時に一番大切にしているのは、固定観念に捉らわれないこと」と語る今森さん

 では、どうしたらいいかというと、その第一歩は、私たちが「多様な自然と文化が入り交じって不思議な調和を醸し出している里山は、日本人にとって掛け替えのないものである」と意識を変えることから始まると思います。里山で暮らしている人たちは、そこにあるのが当たり前だと思ってきた里山が、実は私たちの暮らしを守る貴重な宝の山なんだという視点で見直してみる。また、都会の人たちは、里山を訪れ、自然の中に身を置いて地元の人たちと接し、里山を守るための取り組みに参加してみる──そうしたことから、里山に対する意識が全く変わるはずです。

 私たちのそばにある、日本でもっとも美しい自然、里山を後世に残していくことは、私たちの大事な務めだと思っています。私の写真集やエッセイ集が、里山に対する皆さんの意識が変わる一助になればと願っています。

──私ども生長の家でも、「自然と人間は一体である」と説いていますが、今日お話を伺って、なおその感を深くしました。貴重なお話をありがとうございました。(2019年3月26日、滋賀県大津市仰木、今森光彦さんのアトリエにて)