倉橋 弘(くらはし・ひろむ)さん(国立感染症研究所客員研究員、生長の家地方講師) 聞き手/興梠康徳さん(生長の家国際本部勤務、生長の家本部講師補) 写真/遠藤昭彦 倉橋 弘さんのプロフィール 1941年、愛知県生まれ。東京都東久留米市在住。金沢大学で、世界的権威である堀克重博士からハエの生物学を学び、多くの新種を発見。理学博士、医学博士。国際双翅類研究所所長。著書は、『ニューギニアのクロバエ』(英文)など。高校時代、『生命の實相』(谷口雅春著)により、劣等感を克服。東京第二教区で地方講師会長を務めたこともある。

倉橋 弘(くらはし・ひろむ)さん(国立感染症研究所客員研究員、生長の家地方講師)

聞き手/興梠康徳さん(生長の家国際本部勤務、生長の家本部講師補) 写真/遠藤昭彦

倉橋 弘さんのプロフィール
1941年、愛知県生まれ。東京都東久留米市在住。金沢大学で、世界的権威である堀克重博士からハエの生物学を学び、多くの新種を発見。理学博士、医学博士。国際双翅類研究所所長。著書は、『ニューギニアのクロバエ』(英文)など。高校時代、『生命の實相』(谷口雅春著)により、劣等感を克服。東京第二教区で地方講師会長を務めたこともある。

 既知のものと未発見のものを合わせると、500万から3,000万種あるといわれる地球上の生物。ハエに限って見ても、日本で1万種、世界では10万種という膨大な数に上り、地球はまさに生物多様性に溢(あふ)れた星と言っていい。

 では、一体どうして、これほど多くの生き物がいるのか。そしてなぜ、生物多様性が重要なのか──。半世紀以上にわたり、生長の家の教えとともに、ハエの研究に励んできた倉橋弘さんにインタビューした。

自然の生態系の中で重要な役割を果たすハエ

──ハエと言いますと、「五月蠅(うるさい)」という言葉が象徴するように、一般的に嫌われているイメージが強いと思うのですが、ハエは、生態系の中でどんな役割をもっているんでしょうか。

inoti106_rupo_2倉橋 ハエは、日本で7,658種、世界で約7万5,000種が発見されていますが、未発見のものを含めると、それぞれ1万種、10万種になると言われ、非常に多種多様であります。この数の多さが生物多様性の一つの特徴ですが、それぞれどんな生活をしているのか、どんな生態を持っているのか、その詳細は分かっていません。また、さらに同種でも、成虫と幼虫とでは、役割が違う場合があるんです。

 成虫の場合は、花粉媒介昆虫と言って、ミツバチと同じように植物の花粉を媒介する役割を持っており、幼虫の場合は、“地球の掃除屋さん”という役割を担っています。“地球の掃除屋さん”としての働きは、自然の生態系の中で大変重要なもので、特に熱帯地方などでは、動物の死骸や排泄物が出ると、どこからともなくハエがやってきて食べ、すぐきれいにしてくれます。熱帯地方のハエは卵胎生(*1)が多いので、死骸や排泄物に直接幼虫を産み落とし、その幼虫が死骸や排泄物を食べて育つため、次の日にはそれらがきれいに掃除されてしまうわけです。地球が清浄に保たれているのは、こうした自然のシステム(生態系)があるからで、ハエは、この中で大きな役割を持つ生き物だということが分かります。

 動物の死骸や排泄物が腐ってしまって終わりというのではなく、ハエがその中に残っている栄養素を吸収して成長し、成長したハエは、貴重なタンパク源として野鳥に食べられる。そういう食物連鎖が、“いのちの環”として存在し、資源が循環しているのです。

 宇宙ステーションで長期生活をする時、絶対に必要なものは何か知っているでしょうか。それは、ハエなんです。飛行士の排泄物を宇宙空間に放り出すことなく、ステーションの中で持続可能なリサイクル・システムをつくるためには、ハエに排泄物を掃除してもらうしかないんです。そんな大切な“生き物”を、殺虫剤をかけて絶滅させてしまったのでは、私たち人間が一番困ることになるんですね。

さまざまな生き物がそれぞれの役割を持っている

──以前本誌(*2)で、ダニ博士の青木淳一さんと対談された時、倉橋さんは、「自然というのは絶妙なバランスの上で成り立っていて、それだけで価値があるもの。それを人間の都合で勝手にバランスを崩し、自分たちに迷惑なものを排除してはならない」と、生物多様性の重要性を説かれました。生物多様性とはどういうことなのか、改めて教えていただけますか。

倉橋 生物多様性というのは、さまざまな生き物がいて、さまざまなたくさんの種類があるということで、それは即ち、その一種類一種類が、それぞれに違った生態を持ち、生き方をしているということを意味します。例えばハエであれば、地球の掃除屋という役割、鳥のエサとしての“いのちの環”の役割を果たしているということも、生物多様性の世界と言えるわけです。

inoti106_rupo_3 そして、その“いのちの環”は、一つだけじゃなくて、いろんな“いのちの環”があり、それぞれにいろんな繋がりを持っている。生長の家の『大自然讃歌』(生長の家総裁・谷口雅宣著。生長の家刊)には、「森は一つ生命の塊と見ゆれども、/近寄りて見れば/無数の生物種棲む/多様なる生命共存の場、/相互向上の舞台なり。/生物種互いに/与え合い、/支え合い、/共に競いつつ/厳しい中にも/動きと変化に富む/美しき調和到るところに充満せり」と書かれていますが、生物多様性の世界とは、このように調和した世界のことだと思っています。

地球のバランスを保つ多種多様な生き物

──生物多様性が重要なのは、“いのちの環”が連なっている、調和した世界を持続していくために必要だからということでしょうか。

倉橋 そうです。地球のいのちも、さまざまな生き物によって支えられ、それぞれが分けられないほど密接につながっているわけです。人間の体に例えれば、よく分かると思います。人間の体は、60兆の細胞から成っていますが、その60兆の細胞がお互いに助け合って機能し、調和してバランスを取っているから、私たちは健康でいられるわけです。地球もまさにそうで、500万から3,000万種と言われる多種多様な動物、植物、菌類、昆虫などの生き物がいて、その一つ一つが正常にそれぞれの役割を果たしてくれているからこそ、地球全体のバランスも取れているんです。

 今、問題なのは、生き物の中のホモサピエンス、つまり、人類がそのバランスを崩すようなことをしていることですね。地球を一つの金魚鉢に例えると、その中には、いろんなたくさんの生き物がいて、絶妙なバランスが保たれている。それなのに、人間が「こんなものは目障りな害虫だから」とハエなどを排除したりすると、全体のバランスが崩れて、地球という生命体が病的状態になってしまうんです。

約2時間にわたって行われたインタビュー。右は、聞き手の興梠康徳さん

約2時間にわたって行われたインタビュー。右は、聞き手の興梠康徳さん

 自然の中には、もともと害虫などと言われるものはありません。人間が、自分の勝手な都合で益虫とか害虫とか言い出したわけですから、その意味では、むしろ人間こそが害虫なのかもしれませんね(笑)。

──生長の家では、「この世に無駄なものは何一つない」と説きますが、まさに今、こうした世界観が求められているということですね。

倉橋 それぞれの生き物が、それぞれにしか果たせない重要な役割を担っているという認識を強く持つことが大切なんです。聖経『甘露の法雨』(*3)に説かれている「一切の生物処を得て争うものなく、/相食むものなく、/病むものなく/苦しむものなく、/乏しきものなし」という世界の象徴が、私たちが住んでいるこの地球なんですから。

清浄で安全な熱帯雨林が損なわれ、生物多様性が減少

──倉橋さんは、マレーシアなどの東南アジアの熱帯雨林によく調査に行かれると聞いています。感染症とかの心配はないんでしょうか。

倉橋 そういうご心配をよくいただき、「そんな危険なところに行くなんて、物好きだね(笑)」などと言われたりもします。熱帯雨林というと、さまざまな生物種がごちゃごちゃに住んでいて、変化に富んだ景観を呈しているのではと思う方が多いかもしれませんが、意外にも変化に乏しく、単調な感じなんです。それは、植物群落が風土に適応した最終的な段階、つまり極相という安定した状態にあるからなんですね。

倉橋さんが発見したハエ。左:ミドリバエの新種(マレーシア・ボルネオ島)/中:ミドリバエの新種(タイ北部)/右:ニクバエ科の新種、キサラズニクバエ(千葉県木更津)=倉橋さん提供

倉橋さんが発見したハエ。左:ミドリバエの新種(マレーシア・ボルネオ島)/中:ミドリバエの新種(タイ北部)/右:ニクバエ科の新種、キサラズニクバエ(千葉県木更津)=倉橋さん提供

 しかも、人間との関わりがなく、生物多様性が保たれた自然度の高い熱帯雨林では、蚊も少ないし、極めて清浄で安全なんです。私が住んでいる東久留米の自宅の庭の方が、よほど危険な蚊がいたりする(笑)。だから、マラリアなどにも、ジャングルの中とかじゃなく、空港などで感染する人が多かったりするんです。

 私たちが森の中に行くと、癒やされるというのは、そういう生物多様性が保たれた、清浄な空間に身を置くからなんだと思います。

inoti106_rupo_7 私は熱帯雨林に、何度もハエの調査に出かけていますが、驚くのは、ここ10年ほどの間に、ハエの種類はもちろん、個体数も減ってきているということです。前は、肉を置いておくと、すぐハエが群がってきたものです。しかし、今は本当に少なくなってきているのが分かります。これは、熱帯雨林で調査している研究者の誰もが感じていることで、生物多様性があると言われている熱帯雨林でもこうですから、まして他のところは推して知るべしですね。

漆黒の闇の中、垣間見た生命の神秘

──今、熱帯雨林のお話がありましたが、私をはじめ、読者の皆さんもどんなところなのか、分からない人が多いと思います。熱帯雨林での印象に残るエピソードなどがあれば、聞かせてください。

倉橋 今、電気に恵まれ、便利な生活をしている私たちは、本当に真っ暗な世界はどんなものなのか、経験したことがない人がほとんどだと思います。熱帯雨林は、大木の樹冠(キャノピー)で覆われているので、夜を迎えると、すぐ漆黒の闇に包まれます。鼻をつままれても、相手が誰か分からないぐらいです。

夕暮れ時の熱帯雨林。この後すぐ、生命の神秘を思わせる漆黒の闇に包まれる(倉橋さん提供)

夕暮れ時の熱帯雨林。この後すぐ、生命の神秘を思わせる漆黒の闇に包まれる(倉橋さん提供)

 だから、日没前に寝る準備をして、日が落ちたらさっさと寝てしまうのが、熱帯雨林での一番いい過ごし方なんですが、なんの灯りもない、真っ暗闇の世界というものは何とも不思議なものです。今まで気づかなかったイメージが鮮明に浮かんできたり、夢のような現実のような得も言われぬ感覚に陥って、深い眠りに入ることができます。

 ある時、こんな経験をしました。闇の中で、静かに流れていく光の点が見えたことがありました。気のせいかと思って目を凝らすと、だんだん光の数が増えてきて、それが一カ所に集まって点滅し出し、まるでクリスマスツリーのイルミネーションのようでした。無数のホタルが集まり、歌い踊って交尾する相手を見つけていたんですね。

 同じ種類のホタルは、この光のパルス(短時間に生ずる震動現象)が信号となってお互いに引き寄せられ、何の連絡も取ったことがないのに、同種の相手に引かれ合って交尾し、次の世代へといのちを繋げていくんです。

 熱帯雨林の漆黒の闇の中でしか見られない、ホタルのイルミネーションを目の当たりにして、生命の神秘を垣間見たように感じました。 

自然の中に身を置くことで分かる「自然即我」「我即自然」の教え

──感動的なお話ですね。さて、地球、そして人類にとって重要な生物多様性を守るために、私たちはどうしなければならないのでしょうか。

倉橋 一口で言うと、自然と触れ合う機会をたくさんつくることだと思います。しかし、それはただ単に、レジャーとして自然に親しむという意味ではありません。今、生長の家の練成会(*4)では、インタープリテーション(*5)が行われていますが、とても大切なことだと思います。

極相の状態にある熱帯雨林は、自然度が高く、清浄で安全な場所だという(倉橋さん提供)

極相の状態にある熱帯雨林は、自然度が高く、清浄で安全な場所だという(倉橋さん提供)

 実際に自然の中に身を置き、風のそよぎを感じ、葉ずれの音、小鳥たちの鳴き声を聴き、樹木などに触れることによって、『大自然讃歌』に歌われた「自然即我(しぜんそくわれ)」「我即自然(われそくしぜん)」、釈迦が説いた「山川草木国土悉皆成仏(さんせんそうもくこくどしっかい)」という悟りが理屈なしに体感できるようになるんです。そして、この体験から全ての生き物を敬い、尊重する心が生まれ、自ずと生物多様性の重要性も理解できるようになると思うんですね。

 これは、子どもも同じです。知識優先ではなく、自然への関心を高め、自然を見る目を養えるよう、自然に親しむ機会をつくってあげることが大切だと思います。その入口として、とてもいいのが、昆虫採集です。生き物の75パーセント、4分の3は昆虫で、日本には約1万種の昆虫がいると言われていますから、その昆虫を肉眼で見、手で触れるというのが、昆虫採集の妙味です。顕微鏡で見たりすると、なおいい。感性豊かな子どもたちは、そうした生きた体験を通して、生物多様性に繋がる大切な何かを掴みとってくれると思います。

新しい文明の構築へ向け、“幸福度指数GNP”を高める

──倉橋さんは、機関誌『生長の家』(*6)に「森からのメッセージ」を連載していた折、GNP(国民総生産)ならぬ「新しい文明のGNP」を提唱されました。最後に、これについて教えていただけますでしょうか。

自宅2階の研究室で。「顕微鏡でハエを見ると、あまりに美しいので感動します」

自宅2階の研究室で。「顕微鏡でハエを見ると、あまりに美しいので感動します」

倉橋 GNH(国民総幸福量)という言葉がありますが、私はこれをGNP=GNHとしたい。私の言うGNPは、G(God)=神、N(Nature)=自然、P(Person)=人間のことで、自然と調和した新しい文明国の幸福度を、神×自然×人間で表したらどうかと思うんです。それぞれのパラメータ(変数値)は、国民の中にある神との一体感の度合い、その国の自然度、そして個人がそれぞれにどの程度の関心を持っているかを表し、幸福度指数はその積(×)になるので、一つでも0(ゼロ)があれば、幸福度指数は0になるというものです。

 これからの人類は、経済優先ではなく、神と自然と人間が大調和した「新しい文明の構築」を目指し、地球の自然と生物多様性を大切にしながら、“幸福度指数GNP”を高める道を進んで行って欲しいと、切に願っています。

──本日は、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。(平成30年9月12日、東京・東久留米市の倉橋弘さん宅にて)

*1=動物のメス親が、卵を胎内で孵化させて子を産む繁殖形態
*2=No.63(2015年6月号) 
*3=生長の家のお経の一つ
*4=合宿形式で生長の家の教えを学び、実践する集い
*5=自然をよく観察し、その奥にある大自然からのメッセージを聴き、表現し、伝えること
*6=生長の家の組織会員向けの月刊誌