湯浅 誠(ゆあさ・まこと)さん(NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長、法政大学教授) 聞き手/山中生恵さん(生長の家長坂子ども食堂調理リーダー、生長の家地方講師)写真/堀 隆弘 湯浅 誠さんのプロフィール 1969年、東京都生まれ。社会活動家、法政大学教授、NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長。1990年代より野宿者(ホームレス)支援に携わるとともに、ネットカフェ難民問題を指摘し、貧困ビジネスを告発するなど、現代日本の貧困問題を現場から訴え続けている。2008年に刊行した『反貧困──「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)は、貧困問題に多くの人が気づくきっかけとなり、高い評価を受けた。2009年より足掛け3年間、内閣府参与に就任。その後、現職。著書は、『どんとこい、貧困!』(イースト・プレス)、『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書)など多数。

湯浅 誠(ゆあさ・まこと)さん(NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長、法政大学教授)

聞き手/山中生恵さん(生長の家長坂子ども食堂調理リーダー、生長の家地方講師)写真/堀 隆弘

湯浅 誠さんのプロフィール
1969年、東京都生まれ。社会活動家、法政大学教授、NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長。1990年代より野宿者(ホームレス)支援に携わるとともに、ネットカフェ難民問題を指摘し、貧困ビジネスを告発するなど、現代日本の貧困問題を現場から訴え続けている。2008年に刊行した『反貧困──「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)は、貧困問題に多くの人が気づくきっかけとなり、高い評価を受けた。2009年より足掛け3年間、内閣府参与に就任。その後、現職。著書は、『どんとこい、貧困!』(イースト・プレス)、『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書)など多数。

 経済的困窮や孤食などの問題を抱える子どもやその親、地域の人たちに、無料または安価で食事を提供する子ども食堂が、全国的な広がりを見せつつある。しかしその一方には、援助を必要としている子どもたちが子ども食堂に来ていない、行きづらいなどの課題も残されている。

 そうした子どもたちを子ども食堂と結びつけるにはどのようなことが必要なのか、また、子ども食堂の背景にある、子どもの貧困問題はどうなっているのかなどについて、法政大学教授で、全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長の湯浅誠さんに聞いた。

誰もが参加できるという“普通感”を出すことが大切

──私も、生長の家が行っている「長坂子ども食堂」(山梨県北杜市)の調理リーダーを担当させていただいておりますので、専門家である湯浅さんにお話を伺う機会をいただき、大変ありがたく思っています。初歩的なことで恐縮ですが、まず、子ども食堂とはどういうものなのか、読者の皆さんのために、その辺りからお話しいただけますでしょうか。

inoti109_rupo_2湯浅 私たちは、「子どもが一人でも行ける、無料または低額で食事がいただける食堂」と定義しています。ポイントは、子ども食堂が子どもだけでも行けるところでありながら、「子ども専用の食堂ではない」ということなんです。なので、親が来てもいいし、また、お年寄りも含めた地域の大人の方たちが来てもいいというのが、本来の子ども食堂なんですね。

 子どもの場合、自分一人で行っていい場所って限られていて、ファミレスなどに一人で入ったら、「ボク、どうしたの?」って言われちゃいますよね。だから、「子ども食堂とは、あなたが一人で行ってもいい場所なんだよ」ということを、まず子どもたちに伝えなければならないんですが、以前は、「貧困の子どもが行く場所」といったイメージがあったため、なかなか伝わらなかったのが実状でした。しかし、だんだんと実態が伝わってきたため、決して貧困な子どもだけを相手にしているところではなく、誰もが集える地域の交流の場だということが、次第に定着してきたように思います。

──子ども食堂は地域の交流の場だということについて教えていただけますか。

inoti109_rupo_3b湯浅 子ども食堂というのは、子どもの貧困対策と、地域交流の拠点の2つで成り立つと、私は考えています。例えば、山口県宇部市にある「みんにゃ食堂」(http://www.kaneko-kids-club.com/minnya/)では、子ども食堂を開くと、300人ほどの子どもや大人が集まり、開くたびに地域のお祭りみたいな感じになるんですね。この前は、345人が参加したといいますから、この子ども食堂は、子どもの貧困対策としてはもちろん、地域の交流拠点としてもうまく機能していると思います。

 子ども食堂に来て欲しい子どもたちは、子ども食堂が貧困の子の場と分かった途端、来なくなります。みんにゃ食堂のように、誰もが参加できる交流の場なんだという“普通感”を醸し出すことが、とても重要なんです。地域の子どもたち、大人たちが集まる子ども食堂であれば、誰もが顔を出しやすいし、友だちと一緒に食べたり、遊んだりできる。親は親で、地域の人たちと交わることで、子育ての情報なども吸収することができますし、集まった子どもたちに声をかけ、話を聞くことで、子どもたちからの何らかのサインに気づくこともできるわけです。

全国に3,000の子ども食堂 一番多いのは東京の335

──子ども食堂には、2つの大きな役割があることがよく分かりました。現在、子ども食堂は、全国にどれくらいあるんでしょうか。

湯浅 2018年3月、全国にどれくらいあるのかを調査したところ、少なくとも2,286カ所あることがわかりました。しかし、その後も増えているはずですから、現在は3,000カ所程ではないかと思います。埼玉県の調査では、県内の子ども食堂の約8割が、先ほど言いましたように、子どもだけに限らず大人でも誰でも来てくださいというスタイルでやっていることが分かっており、この埼玉県の調査結果は、全国的にもあてはまるのではないかと推定しています。

──都道府県別に見ると、子ども食堂の数が一番多いのはどこなんでしょうか。

inoti109_rupo_4湯浅 東京ですね。確認したところでは335で、次いで大阪が200を超えています。東京の人口は大阪の約1.5倍なので、人口比で言うと、東京と大阪はちょうど同じくらいの子ども食堂があるということになります。その他、100を超えているのは北海道、埼玉、神奈川、沖縄で、千葉、滋賀、京都は100を超えるか超えないかです。人口比でいうと、沖縄が一番、子ども食堂が多いと言っていいかもしれません。

手弁当で頑張るのが、子ども食堂の本来のあり方

──湯浅さんの著書『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書)などには、実際に子ども食堂を訪ねた様子も掲載されています。先ほど、みんにゃ食堂の話が出ましたが、他に印象に残っている子ども食堂はありますか。

湯浅 他には、福岡県大野城市の子ども食堂があります。そこでは、西松建設という会社が社員寮の食堂を子ども食堂として提供してくれていて、地域のおばちゃんたちが集まって料理を作り、子どもや大人が食べに来ます。

 私が訪れた時には、街の本屋さんが来て、子どもたちに本の読み聞かせをしたり、生活協同組合の人や大学生たちが幼い子どもたちを相手に遊び、パン屋さんがパンを寄付してくれたりしていました。そのように多くの方からいろんな支援をいただき、地域交流をしながら子ども食堂を運営しているんですね。 

 これは、お金がないからこそ生まれる繋がりで、行政から豊富な援助があるのであれば、パンの差し入れなどはないわけです。だから、皆さんが手弁当で頑張ることで、子ども食堂の本来のあり方が実現していくんだと思います。

 もう一つ、愛知県蒲郡市にある子ども食堂「ノコズキッチン」は、地元の八劔(やつるぎ)神社で行われています。小田泰久さんという人が発起人なんですが、その動機は、「自分の子どもが行く場所をつくってあげたい」というものでした。

 小田さんが小さい頃は、地域の子ども会の活動が盛んで、子どもが集まっては、その神社で遊んでいたそうです。しかし、今はそれがなくなったので、自分の子どもが地域の人や子どもたちと交流する場をつくりたいということから、神社の神主さんと交渉し、神社で子ども食堂を開くようになったんです。こういう地域交流を主な目的に生まれた子ども食堂もあるわけで、いろんな形があっていいんだと思います。

全国こども食堂支援センター・むすびえの主な活動

──湯浅さんは、子ども食堂安心・安全向上委員会の代表、全国こども食堂支援センター・むすびえの理事長を務めていらっしゃいますが、そこではどんな活動をされているんでしょうか。

湯浅 この2つは別々のものではなく、2017年に設立された子ども食堂安心・安全向上委員会をNPO法人にするにあたって、2018年の12月、全国こども食堂支援センター・むすびえと改称して、新しくスタートしたものです。

 むすびえの活動としては、主に3つあります。1つ目は、先ほど申し上げた全国3,000カ所あまりの子ども食堂が、それぞれ独自に都道府県単位のネットワークを築けるようサポートすることです。2つ目は、子ども食堂に関心を寄せてくれている企業との連携を進めること。例えば、象印からは、炊飯ジャーを寄付していただいたり、ソニーには、プログラミング教育をしていただくなど、いろんな企業が貢献できることを考えようとしてくれているので、子ども食堂の現場と相談しながら、そのマッチングを行っています。3つ目は、子ども食堂のことをもっと広く世間に認知してもらうための調査、研究ですね。

子どもの貧困とは、お金がない、繋がりがない、自信がないこと

──子ども食堂が生まれた背景には、子どもの貧困問題があると思いますが、今の日本において、子どもの貧困問題といってもあまりピンとこない人も多いかもしれません。貧困とはどんなことを指すものなんでしょうか。

inoti109_rupo_5湯浅 子どもの貧困の正確な定義は、「所得の中央値の半分未満の世帯で暮らす子ども」ということなんですが、そう言っても一般的には何のことかよく分かりませんね(笑)。なので、私はもう少し平たく、「お金がなく、人との繋がりがなく、結果として自信もない」ということを貧困と呼び、こうしたところから子どもの貧困問題が生じると考えています。

 ただ、「お金がない」ということについては、高度経済成長期前よりは大分よくなってきていると思います。終戦直後の昭和22、3年には、日本人の44パーセントが、一日に一食も白米を食べられなかったという調査報告があります。しかし今は、貧困と言われている子どもでも、一日に一度も白米を食べられないという子どもは、まずいないと言っていいでしょう。もちろんゼロじゃないですが、数は少ないと思います。

 しかし、「人との繋がりがない」ということでは、昔より厳しい状況かもしれません。そしてもっとも深刻なのは、「お金がない」「人との繋がりがない」、その結果として自己肯定感が低い子どもたちが多く生まれてきているということです。自分がこの世の中にいていいと思えない、存在する意義があると思えない──これが、子どもの貧困ということの真相なんです。

──貧困というと、生きるか死ぬかという視点で考えがちですが、そうではないんですね。

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湯浅
 アジア、アフリカの子どもの貧困とは、一日1ドル以下、あるいは2ドル以下で暮らす子ども、いわゆる生きるか死ぬかのラインと定義されているので、誤解する人が多いんです。でも、先進国の貧困とはそういうことではなくて、社会の中で役割を発揮していけるか、大人になったら働いて納税できるかという基準で設定されているんです。

──日本の子どもの貧困率は、先進国の中でどんな位置にあるんでしょうか。

湯浅 厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2015年)によると、日本の子どもの相対的貧困率は、13.9パーセントです。その3年前の調査では、16.3パーセントでしたから、3年の間に2.4ポイント下がっています。この場合の子どもというのは、0歳から17歳までの約2,000万人のことですから、2.4ポイント下がったということは、48万人の子どもたちが、貧困から脱したということです。素晴らしいことですが、まだ13.9パーセント、280万人の子どもたちが貧困の中にあるわけです。

 この13.9パーセントという貧困率は、世界的に見てどうなのかというと、OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均13.4パーセントより若干高い。ですから、さらに改善に向けて頑張ってほしいですね。

障害を持った兄の影響でボランティア活動に目覚める

──湯浅さんが、社会活動をされるようになったのは、どんなきっかけからだったんですか。

湯浅 最初は、大学1年生の時に始めた児童養護施設での学習ボランティアでした。どうしてそういうことをしたのかと言うと、障害を持った兄がいたからです。

 子どもの頃、兄のところにはいろんな方たちがボランティアでやってきて、身の回りの面倒を見てくれていました。私はそんな人たちによく遊んでもらったり、勉強を教えてもらったりして、本当にお世話になったんです。そうした姿を目の当たりにしていたものですから、「大学生になったら、何らかの形でボランティア活動をして、恩返しをしよう」と決めていました。

 今、大学で接している学生たちは、ボランティアというと、すごくハードルが高いと感じるみたいです。中途半端な気持ちではできないんじゃないかとか、そんなことして偽善だと思われないか、単なる自己満足じゃないかなどと、いろいろ考え過ぎてしまって、なかなか踏み切れなかったりするようなんですが、私には全然そういうことはなかったんですよ。

 「お世話になったんだから、自分ができることをしてお返ししよう」という感じで、すんなりボランティア活動に入り、現在の活動もその延長線上にあります。その意味で、障害を持った兄がいたことは大きかったと思います。

まず子ども食堂をやってみる。そこから“共感の輪”が広がる

──感動的なお話ですね。最後になりますが、これから子ども食堂を始めたいという人は、どんなことをすればいいんでしょうか。場所の確保、仲間を集める、開設資金、行政との対応などいろいろあると思いますが、具体的な取り組み方について教えていただけますか。

湯浅 今おっしゃったことが全部揃うのが理想なんですけど、全部揃ってから始めようと思っていたら、いつまで経ってもできません。ですから私は、「子ども食堂を始めたいという志を持った人は、仲間が2、3人集まったら、とりあえず始めてみてください」と勧めています。

 人は動きのあるところに集まってくるので、何かを始めれば動きが生まれて、大変そうだけどいいことしてるから、野菜でも寄付してやるかという農家の人が出てきたり、料理作るのを手伝ってもいいよなどという人が出てくるものなんです。やっぱり、何か人のためになる動きを起こせば、必ず“共感の輪”が広がっていきますから、さっとやり始めてしまうことが、一番の近道ではないかと思います。

──私が携わっている生長の家長坂子ども食堂は、開設して4年が経ちました。毎回楽しくやらせてもらっていますが、生長の家の職員寮の集会所で開いていることもあって、どうしても寮の子どもたちが中心になり、本当に必要な子どもたちの役に立っているんだろうかと悩むこともあったんです。

2時間に及んだインタビューを終えて。右は、聞き手の山中さん

2時間に及んだインタビューを終えて。右は、聞き手の山中さん

 けれど今日、いろんな人や子どもたちが集まることで、本当に助けを必要としている子どもや親も来やすくなる、それが子ども食堂の本来のあり方だというお話を伺って気持ちが楽になりました。そして、最近は、本当に援助が必要な子どもたちも参加してくれるようになっています。

湯浅 それは良かったです。子ども食堂というと、まだまだ特別感が払拭できていませんから、誰もが気軽に集まれる場所なんだということをもっともっと広く伝えていかなければならないと思っています。

──本日は、目から鱗が落ちるお話を聞かせていただき、ありがとうございました。(平成30年12月1日、フクラシア八重洲にて)