阿弥陀如来(あみだにょらい)、薬師如来(やくしにょらい)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)……。信仰の対象として崇められ、人の心を癒やし、魅了してきた仏像。その仏像を彫る人は何を思い、何を伝えんがために仏を彫り出すのか。その“心の軌跡”を紹介していきたい。

今年、2月に制作した「招き猫」(筆者提供)

今年、2月に制作した「招き猫」(筆者提供)

松村智麿(まつむら・ともまろ) 1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局長。生長の家地方講師。

松村智麿(まつむら・ともまろ)
1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

 以前、千客万来(せんきゃくばんらい)の象徴として有名な「招き猫」の由来について、師から話を聞いたことがある。

 仏像教室が行われた時、お孫さんの誕生祝いとして、師自身が彫り上げ、展示されていた「招き猫」を見る機会があった。その際、私が、「猫も何か信仰と関係あるんですか」と尋ねると、師の答えは、「おおいにあるで。でも、ほとんどの人からは、招き猫というと商売繁盛の縁起ものぐらいにしか思われておらんさかいに、ちょっと残念やな」というものだった。

 私がさらに、「ということは、他にも何か意味があるんですか」と聞くと、「あるで。この猫の右手、あんたにはどう見える?」と逆に問い返された。私は、そうか、これには何か大事な意味があるに違いないと思いながら、「顔の横で、右手を挙げてお客を招いているように見えますが……」と、見たままの返事をした。

 すると、師は微笑みながらこう話してくれた。

 招き猫のお像の中でも、唯一、動きのある形をしているのが右手であり、右手には、「招く」という意味の他に、「雨乞(あまご)い」の意味もある。それは、猫が耳から顔にかけて手で掻くと雨が降るという言い伝えと、猫という字に起因する。

 1年の内でもっとも多く雨が降るのは、梅雨入り頃、即ち稲の苗を植える頃で、犭(けものへん)に苗と書いて猫と読ませる。ひと昔前まで「招き猫」は、田植えの前に、自然の恵みである雨を招く“橋渡し”の役目も果たしていた。しかし近年、繁盛祈願に重きが置かれるようになり、その豊かさを表すために、「招き猫」は、かなり丸みのある形となった─

 師は、もともとお孫さんのために、小さな仏像を彫ってあげたかったようだ。だが、お孫さんから「切れ長の仏像の眼が怖い」と言われてやめ、「仏の恵みを受けて、すくすくと豊かに育ってほしい」という願いを込めて、「招き猫」を彫り参らせたのだった。

 師の言葉を懐かしく思い出しながら、この2月に制作したのが、今回の「招き猫」である。

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