リバス・スピネリ・アダルジーザ(右)│アメリカ マサチューセッツ州ボストン市 生長の家の教えに基づいて、物のいのちを生かす生活をしているアダルジーザさん。左は、夫のリバス・スピネリ・エキさん。

リバス・スピネリ・アダルジーザ(右)│アメリカ マサチューセッツ州ボストン市
生長の家の教えに基づいて、物のいのちを生かす生活をしているアダルジーザさん。左は、夫のリバス・スピネリ・エキさん。

 ブラジルで生まれ育った私は、10代後半の頃、仕事先の洋裁の先生から生長の家の教えを伝えられました。

 数年後、当時の婚約者との間でトラブルが起きた時、サンパウロ州にあるサント・アマロという生長の家の教化部(*1)を訪問しました。「人を赦(ゆる)す」ことの大切さを教わり、神想観(*2)を実修することで、彼を赦せるようになり、円満に別れることができたのでした。

 それから青年会(*3)に入り、2005年には、地方講師(*4)を拝命して生長の家の活動に励むようになって、2010年、夫であるリバス・スピネリ・エキと出会い、結婚しました。

 そして、2年前に夫の仕事の関係で渡米し、アメリカで暮らすようになりました。

アメリカに来て驚いた壊れたら捨てて買い換える習慣

 世界一の資本主義の国、アメリカに住むようになって驚いたのは、多くの人たちが、物を使い捨てにし、「壊れたら新しい物に買い換えればよい」と考えていることでした。携帯電話、テレビ、コンピューターなどの電子製品は、新しい機種が出ると、まだ使えるのにすぐ買い換え、環境への負荷など考えずに古い物を廃棄してしまう。そこには、物を大切にし、無駄な消費を避ける姿勢が少しも感じられませんでした。

 そうした光景を見たり、話を聞く度に、「使われなくなった機具はどう処分されるんだろう?」「大量の処分によって土、水、空気など、環境への影響はないのだろうか?」と心配になりました。なぜかと言えば私は、小学生の頃から環境教育として、「ゴミはゴミ箱に捨てる」「水の無駄遣いをしない」「木々や動物を愛する」といったことを学び、生長の家の教えに触れて、「物のいのちを生かす」ことの大切さを一層痛感していたからです。

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 心を痛めていた時、アメリカの一部に、大量消費に異議を唱え、使わなくなった物も捨てないという、新しい文化を醸成(じょうせい)しようとしている人たちがいることを知りました。そうした人たちの活動の一例が、リサイクルショップの活用です。

 ある日のこと、家の棚の上から物を取ろうとした時、他の物が落ち、下に置いてあったコーヒー・メーカーにあたって壊れ、修理不能になってしまいました。リサイクルショップのことを思い出した私は、夫と一緒に出かけ、同じモデルのコーヒー・メーカーを見つけ、安価で購入することができました。高価な新製品を買わなくてすんだため、セカンド・ハンドの物に抵抗を感じていた夫も喜んでくれ、それが何より嬉しいことでした。

 それ以来、家電製品、家具、オフィス用品、雑貨、洋服、靴、オモチャなど、リサイクル品を置いているこうした店を利用し、「無駄に買わない」生活を心がけています。 

不要になった物も捨てず必要とする人たちに寄付

 それから私が実践していることに、不要になった物を寄付するということがあります。家具、雑貨、日用品などに、「ご自由にお持ちください」という張り紙をして家の前に置き、必要な人に持ち帰ってもらっているのです。

 結構、利用する人も多く、こうしておけば、ただのゴミになってしまう物が新しい所有者を得て、有効活用されるので、ありがたく思っています。

 それだけでなく、衣類、靴、本、その他、不要になったさまざまな物を公的な機関に送り、そこを通して、必要としている人たちに寄付するという方法もあり、私も実践しています。

 リサイクルショップを利用したり、不要になった物を捨てずに寄付したりすることは、アメリカ各地で行われるようになりましたが、まだまだ十分ではありません。その意味でも、「大調和の神示(*5)」に書かれているように、天地一切のものに感謝し、物を大切に、丁寧(ていねい)に使うという生長の家の教えをもっと広く、多くの人に伝えていかなければならないと思っています。 

植物に込められた愛念に感謝し食べ残しをしない生活

 ブラジル、サンパウロ州のイビウーナ練成道場の練成会(*6)に参加した時のことです。参加者が食事をしていた時、お皿の上にご飯粒が残っていたのを目にしたイワモト・マサキ講師が、こんなことを言いました。

「今、こうしている時も、地球上で多くの人たちが飢餓で亡くなっていることを思ったら、ご飯の一粒でも残してはいけません」

物が壊れたからといって新しい物を買わず、リサイクルショップを活用しているというアダルジーザさん夫妻

物が壊れたからといって新しい物を買わず、リサイクルショップを活用しているというアダルジーザさん夫妻

 この言葉を聞いて、私は言葉を失ってしまいました。それまでも、食べ物を無駄にするようなことはないと思っていたのですが、時に、お皿の上にちょっと食べ残したりしたことがあったからです。

 その日を境に、私は食事に気を配るようになりました。果物、野菜、穀物などすべての食物には、植え、育て収穫する人、それを梱包(こんぽう)、発送、保管する人、そして売る人、多くの人の愛念が込められているのですから、その愛念に感謝し、少しの食べ残しもしないよう努めることにしています。

 これは、アメリカに来てからも続けており、今ではすっかり習慣になりました。

すべての物は神様からの授かり物、使命の大きさを自覚して

 食生活と言えば、私の家では肉食をしてきました。親から「肉を食べないと貧血になる」と言われ、子供の頃から肉を食べ続けていたのですが、それでも貧血になっていました。

 ものごころがついて、牛や豚を屠殺(とさつ)しなければ肉は食べられないと知り、「肉食をやめたい」と親に言うと、「そんなことをしたら食べる物がなくなる」と反対されました。仕方なく肉食をしていたのですが、生長の家の教えに触れ、「地方講師になろう」と決意し、谷口雅春先生(*7)の本を読んだ時、衝撃を受けました。牛が屠殺される時の苦しみが、リアルに書かれていたからです。

 それから牛肉は避けるようになったものの、他の肉は時々食べていました。しかし、信徒仲間の友人から、「牛だけでなく他の動物も、殺される時は苦しむんだよ」と教えられ、それから一切肉を口にしなくなりました。

 すると却って貧血がなくなり、「肉を食べないと貧血になる」と言われていることが誤りだったと分かったため、以来、肉とは無縁の生活を送っています。

「すべての物は神様からの授かり物」という生長の家の教えが伝われば、多くの人が、自然に、物を大切にし、無駄のない生活を送ることができるようになると思います。アメリカに来てからまだ日が浅いですが、そうした生長の家の生き方を自ら実践し、伝道することが、地方講師としての私の使命だと自覚を新たにしています。

*1=生長の家の布教・伝道の拠点
*2=生長の家独得の座禅的瞑想法
*3=12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織
*4=生長の家の教えを居住地で伝えるボランティアの講師
*5=生長の家の創始者・谷口雅春先生が昭和6年9月に神より受けた言葉
*6=合宿形式で生長の家の教えを学び、実践するつどい
*7=生長の家創始者