阿弥陀如来(あみだにょらい)、薬師如来(やくしにょらい)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)……。信仰の対象として崇められ、人の心を癒やし、魅了してきた仏像。その仏像を彫る人は何を思い、何を伝えんがために仏を彫り出すのか。その“心の軌跡”を紹介していきたい。

2019年7月に制作した「福禄寿」(筆者提供)

2019年7月に制作した「福禄寿」(筆者提供)

松村智麿(まつむら・ともまろ) 1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

松村智麿(まつむら・ともまろ)
1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

「福禄寿(ふくろくじゅ)さんによう教えてもらいや。叡智(えいち)の詰まった大きな頭をお持ちやさかいに」

 これは、七福神の中で、「祈願する者のあらゆる願いを叶えるための叡智を持ち備えていると言われている仏、福禄寿をいずれの日にか彫り参らせたい」という、私の願いを吐露した時に師から聞いた言葉である。

 福禄寿は、それこそ像高十センチ余りの小さなお像で、老人の姿をしている仏だが、頭が長く丸い形をし、それでいて前屈みの、やや複雑な造形をしている。

 当時の私には、この福禄寿を彫り参らせるだけの力量がなかったため、師は、彫るための技術ではなく、その働きだけを教えてくれたのだと思う。

 福禄寿に願い事をすると、福禄寿は、ある一つの動作をすると言われる。それは、右手に持っている杖で、地面をコツコツと叩くということだ。

 この“コツコツ”と叩く動作の意味は、文字通り、物事を解決するには、決して途中で諦めず、“コツコツ”と精進を続けることが大切であり、苦しい時に、神仏頼みだけで終わってしまうのではなく、自分自身でも、答えを出す努力を惜しんではならないと諭しているということなのである。

 さらに杖は、本来、歩行時に人の身体を支えるために使用されるものだが、福禄寿の杖の場合、仏画によっては、自然木の枝をそのまま杖に見立てて描かれているものもある。それは即ち、「自然が人間を支えている」ということを意味し、もっと広く大きく言うと、「人間は自然に生かされている」という意味を含んでいると言われる。

 そして左の手には、無限の叡智から湧き出てきた、世の中の万障を乗り越える方法が記された経文を持ち、人々を導く基になっているというのである。

 今回は、「福禄寿さんによう教えてもらいや」という師の言葉を心に刻み、何度も反芻しながら、“コツコツ”と福禄寿のお像を彫り参らせていただいた。inoti115_hotoke_2