一枚の絵からは、そこに描かれている形象だけでなく、作者が何を思い、どう考えて生きたのかという、心の軌跡が浮かび上がってくるものです。絵が描かれたいきさつ、それにまつわる作者の人生を紹介していきます。(絵と文 川崎善張)

『まなざし』(2014年作。F4号)

『まなざし』(2014年作。F4号)

絵と文 川崎善張(かわさき・よしはる) 大分県豊後高田市在住の画家。1957年、大分県生まれ。東京造形大学卒業。白日会会員を経て、現在、生長の家芸術連盟(生芸連)会員。2002年に生光展賞。生長の家地方講師、生長の家相愛会大分教区連合会副会長。

絵と文 川崎善張(かわさき・よしはる)
大分県豊後高田市在住の画家。1957年、大分県生まれ。東京造形大学卒業。白日会会員を経て、現在、生長の家芸術連盟(生芸連)会員。2002年に生光展賞。生長の家地方講師、生長の家相愛会大分教区連合会副会長。

『まなざし』は、3年前の2014年に制作したF4号、ミクストメディア(*1)の作品である。

 この時、私は心が落ち着く絵が描きたかった。ある日、曲がりくねった林道を下っていた時、ゆっくりと風に漂う、霧雨(きりさめ)の雫(しずく)の一粒一粒に差し込んできた陽の光が、あたり一面に、影のない柔らかな世界を創造していたことに気づかされた。

「ここは、ひかりの国?」

 そう思った瞬間、雫の一粒一粒の中に太陽が見えたような気がした。私には、それが限りなく優しいまなざしに思えて、とても幸せな気持ちになれたことを思い出す。「聖母の御手(みて)に抱かれて見つめられている」、そんな感覚だった。

「空からのこの贈りものを表現したい」と思った。しかし、現象に顕(あらわ)れた光景をそのまま写し取っても、空からの贈りものを表現できないことはすぐに理解できた。私は、この現象の裏側に垣間見た真象(しんしょう、*2)の風景を、一旦、心の引き出しに大切にしまい込むことにした。

『まなざし』は、それから2年後に描いたものである。しかし、だからといって2年前のイメージを大切に温めていたわけではなかったし、突然、湧いてきたインスピレーションで描いたのでもなかった。

 私は、この時久しぶりに、『世界素描(そびょう)体系』(講談社)を開いた。大きくて重たいデッサン集なので、なかなか見る気が起こらなかったが、何故(なぜ)か、この中の一枚の素描、ヴェロッキオ(*3)作『女性の頭部』が見たくなったのだ。

 それは、慈愛に満ちた表情で、とりわけ目が素晴らしい。

「こんな表情豊かな絵が描けたら」と思い、筆を執(と)って描き始めているうちに、2年前に体験した風景が制作中の顔と重なり合った。潜在意識に記録されていた感動がこの時、よみがえってきたのだ。あの時の幸せな「こころの風景」はこんな感じだったと……。

 見るものも見られるものも、時間空間を超え、ただ「一つ」に結ばれている──そう感じながら描いたのが、この『まなざし』である。

*1=複数の異なった素材や技法を用いること
*2=現象の中にあって、神が創られたままのほんとうのすがた(実相)を現したもの
*3=イタリア、ルネサンス期の画家、彫刻家、建築家。1435~1488