2019年6月に制作した「雷神」(筆者提供)

2019年6月に制作した「雷神」(筆者提供)

松村智麿(まつむら・ともまろ) 1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

松村智麿(まつむら・ともまろ)
1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

 雷が鳴ると、誰しも「恐ろしい」と感じるのが普通だと思う。まして雷神ともなれば、なおのことその感を深くするに違いない。

 しかし、師はその雷神についてこう教えてくれた。

「雷神にはな、『雷は“神なり”』と読めるように、『恐ろしい』というだけでなく、自然や物事の変化を表す神仏という意味もあるんや。それを象徴する言葉が“春雷(しゅんらい)”で、これは、寒い冬から暖かい春に季節が移り変わっていくことを表しているものなんや」

 雷神が「雷は“神なり”」であるなら、鬼神もまた「鬼は“神なり”」で、鬼は神仏の使いということになる。今回、彫り参らせた雷神は、その伝に習い、鬼という怖いイメージより、神仏の使いであることを強調するため、前月号で紹介した風神と同じように、童子の形をとらせていただいた。

 雷神には、風神が持たない雷神ならではの持ち物がある。それは、腹部に担いでいる太鼓で、この太鼓には、さまざまな意味があると言われている。

 太鼓は、「でんでん太鼓」とも呼ばれ、「でんでん」が「電電」を意味するのは、雷は電気の集合体だからとされる。また、「太鼓が鳴る」の「鳴る」とは、「成る」「成就する」という意味でもあるという。

 太鼓を強く叩けば、音が大きく、弱く叩けば小さく響くように、神仏に祈る場合も同様だ。たとい童子の雷神であっても、祈る側の願いの大小によって、それぞれにふさわしい答えを与えてくださるのである。

 雷神のお像の形としては、風神に比べて、髪の毛は怒髪(どはつ)を示す渦巻きの髪となり、鬼を表現するために角は2本とし、足の指は爪を少し大きめに表現している。一人前の鬼になろうという決意を表す「への字口」だが、怖い表情の中にも、人なつっこい感じを出すのが大切とされる。

 像高10センチに満たない小さな雷神に、師の教えをできるだけ反映させられるよう、心を込めて彫り参らせたつもりである。

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