粂田多枝子(くめた・たえこ)さん  69歳・滋賀県甲賀市 「ありがとうございます」と唱えながら、この日は1500本の苗を植えた。右から2人目が粂田さん 取材/南野ゆうり 撮影/野澤 廣

KTさん  69歳・滋賀県
「ありがとうございます」と唱えながら、この日は1500本の苗を植えた。
取材/南野ゆうり 撮影/野澤 廣

 KTさんは昨年の初冬、義母から引き継いだ畑に、生長の家白鳩会(*1)の仲間たちとタマネギの苗を植えた。

「困難を乗り越えたから今がある。タマネギを植えるたび、親子関係や自然との一体感、すべてが幸福につながって見えます」

「困難を乗り越えたから今がある。タマネギを植えるたび、親子関係や自然との一体感、すべてが幸福につながって見えます」

「一本ずつ、『ありがとうございます』と唱えながら植え、作業の合間には『大自然讃歌』(生長の家総裁・谷口雅宣著、生長の家刊)や『観世音菩薩讃歌』(谷口雅宣著、生長の家刊)を誦げるんです。すると穏やかな気持ちになり、息子との確執に悩んだ頃のことがうそのように思えてきます」

 何度も家を出た長男さん(36歳)は、4年前の出奔を最後に家に戻り、母親との関係を修復して、今は社会人として独り立ちしている。

「原因はすべて私にあったんです」とKさんは言う。仕事で多忙だったKさん夫婦は、子育てを祖母に任せきりにせざるを得ない時期が長く続いた。

「私は息子に添い寝さえしてあげたことがないのに、たまに会えば命令口調のきつい言葉ばかり。父親と祖母が亡くなり、妹も結婚して家を出てしまった後、20代後半の頃の息子が、どれほど深い失意の中にいたかを、私は分かっていなかったんです」

上:収穫したタマネギは倉庫に保管。差し上げたり、教化部で料理に使ってもらっている(写真提供:Kさん)/下:農作業の後は、皆が持ち寄ったノーミート料理でご苦労様会。丁字麩のからし酢みそ和え、エビと大豆の煮物、カブの酢漬け、ホウレンソウのごま煮浸しなどがずらり

上:収穫したタマネギは倉庫に保管。差し上げたり、教化部で料理に使ってもらっている(写真提供:Kさん)/下:農作業の後は、皆が持ち寄ったノーミート料理でご苦労様会。丁字麩のからし酢みそ和え、エビと大豆の煮物、カブの酢漬け、ホウレンソウのごま煮浸しなどがずらり

 長男さんの出奔中、Kさんは自分の来し方を反省するなかで心に響いてきたのは、「谷口雅宣先生の言葉でした」と話す。「人間は神や自然に生かされている存在である」と。その気づきの先にあったのは、自然と調和した暮らしだった。

「タマネギや野菜作りは、まさにその実践でした」。毎日無心に大地に向かっていると、息子の帰宅を願う気持ちが強くなってきた。聖経(*2)の写経も始めた。太陽が復活するとされる冬至の夜、最後の一文字を書き終えた時、居間の電話が鳴った。「帰る」という長男さんからの連絡だった。4年前のことだ。「どん底には意味があり、そこからの脱出こそ修行」という講師の言葉も、Kさんの頑張りを後押しした。

「私の我が消えた時、息子は『おふくろ、変わったなぁ』と、ぽつり言いましたよ」

 タマネギの緑の苗が寒風に吹かれている。6月、待ちに待った収穫の時期が来る。それまでの時間も愛おしい。タマネギの生長は、自然によって生かされている証だから。

*1 生長の家の女性の組織
*2 生長の家のお経の総称