大城ミンミントウさん (63歳)沖縄県与那原町 自宅の庭で。グアバがたくさんの実をつけ、そろそろ収穫の時期を迎えていた。大城さんから笑みがこぼれる 取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘

大城ミンミントウさん (63歳)沖縄県与那原町
自宅の庭で。グアバがたくさんの実をつけ、そろそろ収穫の時期を迎えていた。大城さんから笑みがこぼれる
取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘

 太陽の光が燦々と降り注ぐ沖縄県与那原町で、夫の正さんと夫婦二人で暮らす大城ミンミントウさんは、ランニングに水泳、筋トレにサイクリングと、毎日をアクティブに過ごしている。

「新しいことにチャレンジする度に『私が知らない、こんな世界があったんだ!』と、とても感動します」

 大城さんはミャンマー出身で、旧首都ヤンゴンで生まれ育った。父親は大学で数学の教授をしており、教育にとても熱心だった。子どもの頃から建物の形に興味があった大城さんは、大学で建築を学び、卒業後は土木設計士として、道路や橋の設計に携わった。

 10年ほど経った頃、ヤンゴンに新しい橋を建設する国連の支援プロジェクトのメンバーに選出され、プロジェクトに先立ってアメリカのミズーリ工科大学に留学し、建築の博士課程で学ぶことになった。

 同じ大学の博士課程で物理学を学んでいた正さんと親しくなり、それぞれ日本とミャンマーに戻った後も文通を続け、平成5年に結婚。正さんの住む神奈川県茅ヶ崎市での生活が始まり、翌年に長女が誕生した。

 大城さんは日本でも仕事をしたいという希望があったが、当時は日本語の読み書きが上手くできず、採用してくれる会社が見つからなかった。正さんに相談すると、お互いの共通語である英語が使えるアメリカへ、家族で移住しようと提案してくれた。

 アメリカでは、オハイオ州の土木会社に勤めたが、平成13年に義父が亡くなったことをきっかけに帰国し、正さんの故郷の沖縄で義母の初枝さんと同居することになった。

「和解の祈り」で、職場の先輩と調和する

「生長の家の教えで『いいな』と思ったことは、すぐ行動に移しているんです」

「生長の家の教えで『いいな』と思ったことは、すぐ行動に移しているんです」

 初枝さんは、毎朝仏壇で『甘露の法雨(*1)』を誦げていた。大城さんのミャンマーの実家は熱心な仏教徒で、自身も朝は仏壇に花と水を供え、仕事前にはお経を唱えていたので、義母の信仰姿勢に共感を覚えた。初枝さんにどんな教えか聞いてみると練成会(*2)を勧められ、生長の家の「人間・神の子」の教えに触れた。

「生長の家の教えは誰にでも分かりやすく書かれていて、真理を生活の中で生かせることに嬉しくなりました。ミャンマーのお経はサンスクリット語で書いてあり、難しくて意味がよく分からなかったんです」

 当時、大城さんはアメリカ空軍基地で、防衛庁(当時)の土木設計の仕事に携わっていた。一緒に働いていたベテランの女性職員は人の短所をよく指摘するタイプで、仕事もスムーズに進まず、周りからも孤立気味だった。一方の大城さんは明るく、同僚ともすぐに打ち解け、パソコンの操作も得意で仕事も早かったためか、この先輩に目をつけられ、重箱の隅をつつくような指摘を受ける状態が5年ほど続いた。

 ある日、同僚と談笑をしてトイレから戻ると、戻りが遅いときつく叱られた。我慢の限界に達した大城さんは、仕事のファイルを先輩の机に叩きつけ、そのまま家に帰ってしまった。

 正さんに相談すると、「嫌な人がいるからといって職場を変えても、また同じような人が現れるよ」と諭された。解決のヒントを探して生長の家の本を開くと、相手の悪いところを見て、それを許せないと心で掴んでいるのは、「悪の存在を心で認める」ことになり、「悪いことを祈っている」のと同じだと書かれていた。相手を裁くのではなく許す心が大切だと気づき、毎朝の神想観(*3)の中で、「私はあなたを許しました。あなたも私を許しました。私とあなたとは神において一体です」と「和解の祈り」を始めた。元々の優しかった先輩の姿を思い浮かべると、親切に仕事を教えてもらったことなどが次々と思い出された。しかし、先輩との関係は変わらず、大城さんが挨拶をしても顔をしかめて無視されていた。

 ところが一週間が過ぎた頃、先輩の方から仕事の進め方について話しかけてきて、それまでのことがなかったように親切になったという。クリスマスには、『色々あったけど、私が悪かったからごめんね』と、手づくりのケーキをプレゼントしてくれ、二人で涙した。

「先輩を裁く心がなくなった時、本来の親切な先輩が現れました。生長の家で教えられていた『自分が変われば世界が変わる』ということが、体験として分かった瞬間でした」

自然と調和した野菜作り

 大城さんは、この教えを生活の中で実践し、多くの人に伝えていきたいと、意欲的に生長の家の活動にも取り組んでいる。

自宅のリビングで、夫の正さんと昔話に花を咲かせる

自宅のリビングで、夫の正さんと昔話に花を咲かせる

 生長の家がめざしている「神・自然・人間が調和した平和な世界」を実現する一歩として、環境への負荷を減らすため電気自動車を購入し、屋根にはソーラーパネルを設置して、二酸化炭素の削減に努めている。また、庭のコンポストでは生ゴミと雑草を混ぜ、できあがった堆肥を果樹や庭木に撒いている。マンゴーやバナナ、グアバなどがたわわに実り、庭の片隅にこぼれた堆肥からは、生ゴミの中に混ざっていた種が一年を経て発芽し、ゴーヤや冬瓜、シカクマメなどが実を結ぶ。

「植物は芽を出す時期を、ちゃんと知っているんですね。生長を見るのがとても楽しいです。時々、果樹の木陰で『大自然讃歌』(生長の家総裁・谷口雅宣著、生長の家刊)を誦げていますが、神様の恵みが、みんなに平等に分け与えられていることを実感します」

 最近ではコンポストの作り方を学びに、大城さんの元を訪れる近所の人も現れてきた。果樹と野菜は無農薬で育てているため、虫や鳥、動物に食べられることもあるが、これも自然の営みだと大城さんは微笑む。

「自然に優しくすると、自然も優しく与え返してくれるように感じています。自然に愛を表現する日々の生活が周囲の人にも伝わり、ひいては世界の平和にも繋がっていきます。そこに生きがいと、大きな喜びがあるんです」

自分の壁を越えた先にある喜び

 大城さんは平成22年に開催された「第4回 やんばるドリームトライアスロン in KUNIGAMI」で、56歳にして人生初のトライアスロンに挑戦した。以前に見た、競技に臨む選手の格好良さに惹かれ、ランニング、プールでの水泳、自転車と、別々に練習してきたが、海で泳ぐのも、競技として3種目連続で行うのも初めてだった。最初の水泳が終わった直後、貧血のためか視界が暗くなり、自転車の前に座り込んでしまった。だが、しばらく休んでいると体調が回復し、競技を続けることができ、女性の中では第5位、50代女性では第2位でゴールした。

木々の中を抜け、町と海が一望できる、お気に入りのサイクリングコースで

木々の中を抜け、町と海が一望できる、お気に入りのサイクリングコースで

「やる時は最後まで、全力でと決めています。自分の壁を越えることで、心も体も成長します。そして、ゴールした時の感動は、それまでの苦しさを忘れてしまうほど大きいんです」

 人生でも同じだと大城さんは語る。たとえ壁にぶつかっても、それを乗り越えた先に大きな幸せが待っていることを知っているから、どんな事があっても感謝して受け止めて、明るく生きていくことができるという。

 今も週2回の5キロのジョギングに加え、正さんと二人でのサイクリング、水泳と、仲睦まじく練習を重ね、多くの大会に出場してきた。

「大会までに仕上げなければならないという制限があるからこそ、懸命に練習に打ち込めるんです。生活に張り合いがあり、いくつになっても新しい世界に飛び込んでいくことが、私の元気の源です」

 はつらつと語る大城さんの、太陽に負けない眩しい笑顔が印象的だった。

*1 生長の家のお経のひとつ
*2 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*3 生長の家独得の座禅的瞑想法