國澤光喜(くにさわてるき)さん (97歳)高知市 取材/水上有二(本誌) 撮影/堀 隆弘 「風邪は何年も引いたことがないし、お腹をこわすこともありません。元気でいられるのは信仰のお蔭です」

國澤光喜(くにさわてるき)さん (97歳)高知市
取材/水上有二(本誌) 撮影/堀 隆弘
「風邪は何年も引いたことがないし、お腹をこわすこともありません。元気でいられるのは信仰のお蔭です」

 國澤光喜さんが絵を制作している自宅の和室に案内されると、高知城の風景や曾孫、自画像など、これまで描いた大小様々なサイズの絵が額装して置かれていた。座卓に筆立てや絵の具、油瓶などが並び、イーゼルには、緑溢れる樹林の間を小川が勢いよく流れる様子が描かれた油絵が掛かっている。

「いま描きかけなんですが、山梨県の八ヶ岳南麓にある“森の中のオフィス”を訪れた記念に、その森の景色を描いてみようと思ったんです」

 97歳という高齢だが、肌のつやは良く、笑みをたたえてしっかりとした口調で話す。

 10年ほど前から趣味で油絵を描き始め、生長の家が主催する美術公募展「生光展」に、平成22年から毎年のように出品している。昨年(2016)の第35回生光展では、遊園地で水遊びをする2人の曾孫を描いた「曾孫」と題する10号サイズの油彩画を出品し、森の中のオフィスにある生長の家メディアセンターのアートスタジオで展示され、長女の町田邦子さん(74歳)と一緒に、オープニングパーティーに出席するため、会場まで足を運んだ。町田さんはこう振り返る。

「97歳という年齢を考えると、高知から山梨まで行くのは不安があったんです。でも、母はどうしても行きたいと言うので……。母の行動力を自分も見習いたいですね」

 國澤さんは高知市内の住宅地で独り暮らしをしており、食事作りや洗濯などの家事、入浴も全部自分一人でする。絵を描くほかにも、電動ミシンを使って普段着を縫(ぬ)ったり、自宅の庭で野菜栽培をするなど体を動かすことが好きだという。4年前に白内障の手術を受けたが、大病をしたことはなく、健康の秘訣を尋ねると、「よく噛んで食べること」と笑って答える。

 近年は耳が遠くなり、足も少し不自由になったが、手押し車を使って近所のスーパーマーケットや、福祉施設のデイサービスに一人で出かけ、時にはバスに乗って、市内の繁華街や生長の家高知県教化部(*1)に行くこともある。

「バスに乗る時は、乗客の方が手押し車を持ち上げてくれたり、私の手を取ってくれたりして助けてくれます。高知の人はみんな親切なんですよ」

 同じ市内に住む町田さんや長男の伸嘉(のぶよし)さんの家族が、時々、心配して様子を見に来るが、國澤さんは気ままな独り暮らしを気に入っており、今の生活に不自由を感じていないという。

「10日後には飛行機に乗って長崎の団体参拝練成会(*2)に行く予定なんです。4年ぶりの参加なので楽しみにしています」

絵を描く喜びと出合い、次女の死の悲しみを乗り越える

 大正8年、高知県芸西村(げいせいむら)の生まれ。23歳の時に、家具職人の夫と結婚し、一男二女に恵まれた。昭和29年、4歳上の姉が生長の家に入信し、講習会などの行事に誘われたことがきっかけで、國澤さんも「人間・神の子」の教えを学ぶようになった。

「発表する場があると、意欲が湧きます」

「発表する場があると、意欲が湧きます」

 今も、生長の家のお経を日に6巻誦(あ)げることと、生長の家の月刊誌や本などを、必ず1日1ページ読むことを習慣にしている。

「寝る前には『私は神の子、無量寿如来(むりょうじゅにょらい)、毎日あらゆる点において一層良くなる、きっと良くなる、必ず良くなる』と唱えているんです。そうしたら安らかな気持ちになってすぐに眠れます」

 昭和54年に夫を胃がんで亡くし、平成12年には、徳島で暮らしていた次女も乳がんで亡くした。次女が闘病中、國澤さんは何度も看病に行き、病の回復を願って神癒祈願(*3)を出したり、生長の家のお経を誦げたりした。しかし次女は発病から2年で亡くなり、國澤さんは意気消沈(いきしょうちん)してふさぎ込んだ。そんな國澤さんの心に灯を点(とも)したのは、生長の家高知教区の白鳩会(*4)から「熟年の会」へ誘われたことと、絵を描く喜びに出合ったことだった。

 次女が亡くなって数年が経ったある日、長女の町田さんが通っている絵画教室の作品展を訪れた。國澤さんは、そこに並んでいた作品の数々を見ているうち、「いつか絵を描いてみたい」という、若い日の夢を思い起こしたという。もともと美術に興味があり、気に入った画家の画集や複製画を時々買って楽しんでいたのだ。

「若い頃は子育てや生活のことで一杯で、絵を習うような心の余裕はありませんでした。そうしているうちに年を取ってしまい、絵を描くことなど思いもつかなかったんです。でも、娘が出品していた作品展を眺めていると、無性に描いてみたくなったんです」

 町田さんの通う絵画教室に入会した時は、すでに80半ばを過ぎていた。バイタリティーに富んだ行動には頭が下がる思いがする。絵画教室では春と秋に計10回開講され、生徒の年代は5、60代が中心で、もちろん今も最高齢だ。

「『その年ですごいですね』と周りの人は驚くけど、私は年のことなんか気にしたことはないですよ。もう10年ほど教室に通っていますが、自分でもよく続いていると思います(笑)」

いつまでも絵を通して人に喜ばれるのが願い

 國澤さんは、絵画教室に通うようになってから、晴れやかな気持ちで日々を過ごせるようになり、次女を失った悲しみからも抜け出すことができた。熟年の会では信仰を共にする仲間と楽しく語らいながら、真理を学び合い、教化部で開かれる練成会にも参加し、先祖供養をしたり、講話を聴くことを楽しみにしている。

「生光展に毎年、出品するという目標ができたので、今はそれを生きがいに絵を描いています」

 牛乳パックやカレンダーの裏紙をパレット代わりに使うと、残った絵の具をきれいに捨てられることや、知人から自画像を描いてほしいと頼まれて制作したこと、近くの簡易郵便局で絵を飾ってもらって、時々絵を入れ替えに行っていることなど、絵に関する話題は尽きない。

「この年になると、死ということは人ごとではないのですが、自分の力で生きているのではなく、神様に生かされているという気持ちを失わず、感謝の心で毎日を過ごしたいです」

 テレビの美術番組を見たり、美術館に足を運んだりするなど、絵に対する興味は少しも衰えない。「絵を通して人に喜ばれることが嬉しい」と語る國澤さんの顔は実に生き生きとしていた。

今まで描いてきた高知城の風景や曾孫、自画像などの作品

今まで描いてきた高知城の風景や曾孫、自画像などの作品

*1 生長の家の布教・伝道の拠点
*2 生長の家総本山に教区単位で参拝し、受ける練成会。練成会とは合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*3 神の癒しによって、問題が解決するように祈ってもらうこと
*4 生長の家の女性の組織