私が幼少の頃、地元で毎月開催される生長の家の講演会を楽しみにしていた母は、夕食もそこそこに会場へ向かい、「人間・神の子」の教えを日々の生活の糧としていました。そんな中で私も、母に勧められるままに小中高の練成会(*1)や全国大会に参加していました。

 母が私を聖使命会(*2)に入れてくれていたので、私にはいつも神様と繋がっている安心感があり、私は特に教えを行じることもなく過ごしていました。それでも、自分の力で解決出来ない時には、「我が魂の底の底なる神よ 無限の力湧き出でよ」と唱え、「神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ」という教えから、親孝行さえしていれば大丈夫と確信していました。

 引っ込み思案でおとなしい性格でしたが、母はいつもそんな私を、「ニコニコして笑顔がいいよ」と褒めてくれ、私は自然に「人間・神の子」の教えに導かれていきました。

イラスト/せのおりか

イラスト/せのおりか

 その後、就職、結婚、出産と、丁度良い時に、丁度良く恵まれました。しかし、勤めながら家事や子育てに追われる毎日となり、夫の単身赴任や、同居する義母の認知症も重なり、いつのまにか目の前の現象に振り回され、笑えない自分になっていたのです。

 そんな平成14年4月、思いも寄らぬ出来事が……。主人が単身赴任先の健康診断で再検査の通知を受けたのです。検査の結果、肺がんと診断されました。手術を受け、一旦は仕事に復帰したものの、入退院を繰り返し、翌年8月帰らぬ人となりました。

 精根尽き果てた私を見かねた娘たちが、練成会に行くよう勧めてくれ、当時高2と中2の2人の娘に留守を頼んで行かせてもらいました。しかし練成会に参加して、聖歌を歌っても、聖経(*3)を誦げても、「笑いの大会」(*4)でも涙が止まりませんでした。

 主人を看病している時、教化部長(*5)の個人指導を受け、「自分の足で立ちなさい」と言われ、「こんなに頑張っているのに、これ以上どうしろと言うの」と心の中で反発していました。しかし練成会で学ぶうちに、私が間違っていたことに気づきました。私は今までどんなに多くの人から愛され、見守られて来たことか。何事も「自分で」「自分が」と自分中心で、与えられていた愛の中で動き回っていたのです。家族にも社会にも甘えてばかりで、感謝の心、愛の心が足りなかったと気づきました。

 主人は家族ばかりでなく、どんな人でも常に良い所を褒め、どこへ行っても楽しみを見つけて喜び、人と触れ合うのが好きな、与える愛の人でした。目に見えない所で主人に導かれていたことに、感謝しても感謝しきれません。

 練成会にはその後も参加し続け、今年で17年になります。今は運営委員となって楽しく教えを学びながら、参加者のお世話をさせていただいています。その間、長女は、主人の病気を機に医療に役立つ人を志し、医師になりました。親孝行な旦那様と結婚、子どもも授かり、わが家の側に家を建ててくれました。次女も市民のお役に立ちたいと公務員として勤め、私と一緒に暮らしてくれています。

 神様のことを一番にして、嬉しく、楽しく感謝する生活を送っていると、すべてが整ってきます。感謝は祈りです。悪いことが起こったように見えても、それは魂の向上のためであり、人生必ず良くなるしかないと、明るく前を向いて感謝と祈りの生活を送らせていただいています。

●MU(生長の家地方講師)
生長の家白鳩会教区連合会長。演劇やコンサートの鑑賞が趣味。「コンパニオンプランツ」を考えながら、花や野菜を植えて、家庭菜園を楽しんでいる。

*1 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*2 生長の家の運動に賛同して献資をする会
*3 生長の家のお経の総称
*4 笑うことによって、心を明るくし、心身を健康にするために行う大会
*5 生長の家の各教区の責任者