鈴木マユミさん (母、69歳)、芳乃(よしの)さん (娘、43歳)鹿児島県指宿市 「御菓子司 鳥越屋」で、マユミさん(左)と芳乃さん。ナチュラルな雰囲気の店内は芳乃さんのアイディアだ

鈴木マユミさん (母、69歳)、芳乃(よしの)さん (娘、43歳)鹿児島県指宿市
「御菓子司 鳥越屋」で、マユミさん(左)と芳乃さん。ナチュラルな雰囲気の店内は芳乃さんのアイディアだ

 薩摩半島の南端にある指宿(いぶすき)市。砂むし温泉が楽しめる温泉宿やホテルが建ち並ぶ一角に、鈴木さん一家が営む菓子店「御菓子司(つかさ) 鳥越屋(とりごえや)」がある。創業は1919年と、100年近い歴史があり、次女の芳乃さんが4代目店主を務めている。

「一昨年(2014)、娘はそれまで勤めていた会社を辞めて、私たち夫婦の後を継いでくれました。昨年(2015)4月には店舗を建て替えてリニューアルオープンし、イートインスペースも新たに設けたんですよ」

 と母親のマユミさん。和菓子の製造は、父親の一幸さんと弟で長男の康弘さんが担当し、一幸さんは先代から受け継いだ伝統の味を守り、康弘さんはこれまで扱っていなかった洋菓子も作っている。勧められるままにいただくと、素朴でやさしい味がする。

 木の温(ぬく)もりが伝わる洒落(しゃれ)た店内には、畳敷きの小上がりが設けられている。近所の人たちが集うスペースになればという芳乃さんのアイディアだという。鳥越屋の製品は店頭販売だけでなく、百貨店の催事やイベントなどにも出品されており、これも芳乃さんが新たに始めたもので、積極的な性格がうかがえる。

「芳乃は3人きょうだいの真ん中だからか、子どもの時からいつも周りを気づかう子でした。小学生の時も、クラスになじめず1人ぼっちになっている子がいると、進んで声をかけていたと先生に褒(ほ)められたこともありました」

 とマユミさんは言う。

親元を離れて暮らす娘の成長を喜ぶ

 芳乃さんは、小学生の時に地元のスポーツ少年団で卓球を始め、中学でも部活で卓球に打ち込んだ。高校は福岡県にある強豪校に進学し、親元を離れて寮生活を送った。中学卒業と同時に芳乃さんが家を出たことに、マユミさんは寂しい思いをしたが、一幸さんの「何もかも自分でできるようになった娘の成長を喜ぶべきだ」という一言で、気持ちを切り替えることができたという。一方の芳乃さんは当時をこう振り返る。

「私から実家に連絡するのは、何か送ってほしい物がある時くらいでした(笑)。その時にはいつも『私は元気だからね!』と伝えていました。高校卒業後は北九州市の百貨店で働きながら、実業団チームに入ったので、ずっと実家を離れていました」

「母はいつも私の心が明るくなるようなアドバイスをしてくれます」(芳乃さん)

「母はいつも私の心が明るくなるようなアドバイスをしてくれます」(芳乃さん)

 実家へ戻ったのは就職してから3年後のこと。その後、10年ほど店を手伝ったが、鹿児島市内で郷土料理店をオープンする知人に誘われて、開店準備から携わることになった。

 明るく前向きな性格もあり、芳乃さんは同僚やお客から悩み事の相談を受けることが多かった。そのたびに、生長の家の「人間・神の子」の教えを学ぶ母親に連絡をして、アドバイスを求めた。

「娘には、環境や相手は自分の心の反映であり、自分が変われば環境も相手も変わるという話をよくしました。どうしても解決できない時は、生長の家鹿児島県教化部(*1)を訪ねるように言ったこともあります」

 とマユミさん。隣で聞いている芳乃さんは言う。

「当時、私は生長の家の教えについてほとんど何も知りませんでしたから、母からのアドバイスは私自身のためにもなりました」

 その後、芳乃さんも生長の家青年会(*2)の活動に参加し、出勤前に教化部へ立ち寄って神想観(*3)をしたり、行事の準備を手伝ったりするようになった。また、生長の家の日めくり日訓『ひかりの言葉(*4)』などを参考に、「笑顔はどんな人にもある宝物」などの明るい言葉を毛筆で和紙に書き、ランチョンマット代わりに店のカウンター席に並べた。

「それに興味を持ったお客様が、話しかけてくれるようになりました。元夫もその一人でしたが……」

どんな時も信じてくれる母親のありがたさ

 芳乃さんは38歳の時に、店の常連客と結婚した。相手は離婚経験があり、前妻との間に子どもがいた。再婚してすぐに、夫は前妻から養育費の額を上げるように言われ、やり場のない怒りや苛立(いらだ)ちを芳乃さんにぶつけるようになった。結局、わずか4カ月で結婚生活は破綻(はたん)した。

「結婚後に娘と電話をした時、いつもと声のトーンが違っていたので、うまくいっていないことがすぐに分かりました。結果的に心の波長が合わなかったんだと思います」

 芳乃さんはマユミさんの勧めで、生長の家宇治別格本山(*5)の練成会(*6)に参加した。そこで自分と同じように離婚問題に悩む女性の参加者と知り合い、一緒に行事を受けた。

 その女性の抱えている悩みを何とか解決させたいという一心で祈り、明るい言葉をかけているうちに、自分の悩みは小さいことのように思えるようになった。同時に、母親の姿が心に浮かんだ。どんな時でも自分のことを信じてくれている母親への感謝と、心配をかけたことへの申し訳なさが入り交じり、胸が熱くなった。

「幼い頃から、母は私のことを認めて信じてくれました。だから、母を心配させてはいけないと思うようになったのだと思います」

 と芳乃さんが言うと、マユミさんは、

「私自身、父から『マユミのことを信じているからな』とよく言われ、私が親になったら子どもにも伝えようと思っていました。生長の家でも、子どもを信じて、執着を放すことが大切であると学びました」

 芳乃さんが店を継いでから客層がガラリと変わり、若い年代の人が来店するようになった。多くの人に芳乃さんが支えられていることを、マユミさんは嬉しく感じている。

「小中高と実業団で卓球に夢中だった頃も、そして今も私は娘の応援団長。これからも明るい言葉で、娘を応援し続けていきたいです」

 マユミさんはやさしい眼差しで、芳乃さんを見つめながら語った。

父親の一幸さん、長男の康弘さんと店先で。家族経営だけにチームワークは抜群だ

父親の一幸さん、長男の康弘さんと店先で。家族経営だけにチームワークは抜群だ

*1 生長の家の布教・伝道の拠点
*2 12歳以上40歳未満の生長の家の青年の組織
*3 生長の家独得の座禅的瞑想法
*4 生長の家編纂、日本教文社発行
*5 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*6 合宿して教えを学び、実践するつどい