後藤光香(ごとうみか) 名古屋市在住。保育士。平成28年3月に36歳で結婚。翌年1月に長女が誕生した。夫の実家、山形県小国町に長女を連れて里帰りした時、出会った人たちから「めんこいな」と笑顔で声をかけられ、家族といるようなひと時を過ごした。

後藤光香(ごとうみか)
名古屋市在住。保育士。平成28年3月に36歳で結婚。翌年1月に長女が誕生した。夫の実家、山形県小国町に長女を連れて里帰りした時、出会った人たちから「めんこいな」と笑顔で声をかけられ、家族といるようなひと時を過ごした。

 平成24年4月から別の保育園へ転勤になり、4人の保育士で2歳児のクラスを受け持ちました。その中に男性の保育士が1人いました。彼は私と同じ中学校の出身で、1学年違い。彼はバレーボール部、私はバスケットボール部で、「きっと同じ体育館で部活をしていたね」と伝えました。彼は協力的でとても働きやすく、華やかな雰囲気の持ち主で安定感もあり、私は仕事へ行くのが楽しみになりました。

 その一方で、中高生誌友会(*1)を開催するようになり、中高生の皆さんと触れ合い、会場を提供して下さる方々の愛念にも触れ、開催後は幸せな気持ちに満たされました。

 宇治別格本山(*2)で行われた「幸福な結婚をするための練成会(*3)」にも参加し、受講する中で数々の学びを得ることができました。例えば、「父母に喜んでもらうにはどうしたらよいかと思いながら、一日一日を生きていきましょう。今日まで一方的に愛されるだけだったとしたら、それはマイナスの生活です。プラスの生活、捧(ささ)げる生活ができるようになった時、ご主人を幸福にする資格が得られたのです」という言葉や、「魂の半身さんに、つまらない自分を提供するわけにはいかない」という言葉にハッとしました。

 その頃、教化部長(*4)から「生長の家国際本部で働いてみませんか」と伝えられました。今の保育士の仕事を辞めるだけでなく、家を離れることも含めて判断する必要があり、私自身は承諾したいと思いましたが、私の人生にとって大きな決断になるので、父に相談しました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 生長の家の信仰は全くない父でしたが、真剣に向き合ってくれました。父の返事は私の望むようなものではありませんでしたが、父の意見に素直に従おうと思いました。父に対して素直になれたことは、その後、私が再婚することができたきっかけになったと思います。

 年が明け、バレンタインの日、私は思い切って同僚の彼にチョコレートを渡しました。同じ職場だから、「もしかしたら、この後働きにくくなっちゃうかな」と躊躇(ちゅうちょ)する気持ちもありましたが、「待ち続けている余裕はない。だめなら別の道へ進むだけだ!」という思いにかられて……。しかし数日後、彼から「つき合っている人がいます」と言われました。それでも、私は気持ちがすっきりしました。

 その翌月、別の保育園に移ることになり、年長児の卒園式に出席しながら、「私も卒業だ」と思いました。「何から?」と自問しましたが、なぜかそんな気がしたのです。そして、自分の中で考えていた“最後の手段”に進み始めたのでした。(つづく)

*1 教えを学ぶつどい
*2 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*3 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*4 生長の家の各教区の責任者