林田梓歩(しほ)さん (38歳)大阪府 取材/宮川由香 撮影/中橋博文 取材日は奇しくもご主人の誕生日。「今日はケーキを焼こうと思っています」と嬉しそうな林田さん

林田梓歩(しほ)さん (38歳)大阪府
取材/宮川由香 撮影/中橋博文
取材日は奇しくもご主人の誕生日。「今日はケーキを焼こうと思っています」と嬉しそうな林田さん

 キラキラした大きな瞳が印象的な林田梓歩さんは、赤いニットが爽(さわ)やかな笑顔によく似合う。一級建築士の夫が、林田さんの希望をふんだんに取り入れて設計したマイホームに、6年前から暮らす。

「コトバの力ってすごいなぁ、ありがたいなぁって思います。私は、かつてはコンプレックスのかたまりで内向的、物事を暗い方に考えてしまうタイプだったんですよ。あのままだったら、今の幸せはなかったかもしれませんね」

 神奈川県出身の林田さんは、中学卒業後、理容専門学校に進み、理髪店に勤務。20歳の頃からは家業の中華料理店を手伝った。人見知りが激しくおとなしかった林田さんだが、21歳の時には縁あって出会った大阪在住の夫と遠距離恋愛を実らせ、平成14年、25歳で結婚した。

 神奈川から大阪で暮らすことになり、不安がなかったか尋ねると、「近くのドラッグストアでパートを始めたんですが、そこにいつも温かい笑顔の女性薬剤師さんがいて、人見知りの私でもすぐに打ち解けるくらい仲良くしていただいたんです」

 ある時、その女性薬剤師の天野井(あまのい)熙子(ひろこ)さんが、「神様って、信じる?」と言って、『白鳩』誌を手渡してくれた。その後、母親教室(*1)など生長の家の集まりにも誘われ、そこで出会った天野井さんの友人も親身に世話をしてくれた。

「心から信頼している大好きな天野井さんや、お仲間と一緒にいると心が安らぎました」

明るいコトバが、明るい未来を作る

 新婚1年目はアパートで二人暮らしだったが、結婚前に義母が他界したため、高齢の義父を想って、26歳からは夫の実家で同居生活をすることになった。

「主人は忙しく、朝早く出て夜遅く戻り、食事をして、お風呂に入って寝るという毎日。ほとんど会話もなくなっていきました。お義父(とう)さんも職人気質(かたぎ)の無口なタイプ。私も口下手なので、お義父さんと2人で食事する時は、テレビがついてなければシーンとしてしまうような状態でした」

 外出先で、通りすがりに楽しそうに会話を交わす夫婦を見かけると、うらやましいという気持ちと同時に、夫への不満が少しずつたまっていった。

「もっと話をしたり、気にかけてほしいという思いがありました。その頃の私は黙ってばかりで、表情は暗くこわばっていたと思います」

 そんな状態は、28歳で長女を出産した後も続いた。生長の家の大阪教化部(*2)に行ったり、近所の母親教室に参加している時は、笑顔になれるのだが、家に戻れば赤ちゃんだけにしか笑いかけられない日も多かった。

 ある日の母親教室で、「『日時計日記』(*3)を書きましょう」という話を聞いた。人の良い面を見て讃嘆したり、その日にあったありがたいこと、嬉しかったことだけを書くという日記だった。

「それで、ごはんを食べられること、子どもが元気なこと、主人が毎日仕事に行ってくれること……そんな当り前のように思っていた小さな幸せを見つけて、書いていくことにしたんです」

 生長の家では、口にする言葉の他に、表情や態度、想いも含めて「コトバ」と呼び、明るいコトバが明るい事物を引き寄せ、明るい未来が創られると教えられた。林田さんは徐々に「コトバの力」に気づき始めていった。

 良いことに心を向けると、それに引っ張られるように他にも良いことが浮かんできた。立ち会い出産で手を握ってくれていた夫の優しさも思い出されて、「私って幸せだったんやなぁ」とほっこりした気持ちになった。

愛情表現が明るさを引き寄せる

 そんな日々の中、夫から「そろそろ自分の家を建てたいと考えている」と打ち明けられた。それからは、「わが家を持てたら、母親教室を開くことができました。ありがとうございます」と『日時計日記』に意識的に書くようにした。やがて夫は設計図を持ってきて、「どんな風にしたい?」と見せてくれるようになった。

「子どもを見守りながら料理ができる対面式キッチンがあるといいな。子どもが思春期になった時、玄関からすぐ階段だったら、顔も見ないで2階に上がっていくかもしれないから、必ずリビングを通って自分の部屋に行く所に階段があるといいなと夢を語り、主人との会話も増えていきました」

シンプルでモダンな設計のマイホーム

シンプルでモダンな設計のマイホーム

 平成22年、32歳の時についに念願のマイホームが完成。それは夫自ら設計した、妻への最高のプレゼントだったのだ。春に引っ越してからは、それまでは照れてできなかった、夫を見送る時の握手やハグも、勇気を出して行えるようになっていった。

「主人は最初は驚いたようでした。でも慣れてくると、『朝、忙しいのに』みたいな顔をしつつも、『ハイハイ』と受けてくれるようになりました(笑)」

引っ越して4年後、夫から「会社を辞めて独立したい」と告げられてからは、見送りの時に「イケメン社長さん、いってらっしゃい!」と言いながら、ハグをして送り出すようにした。

「主人を信頼していたので、独立にまったく不安はありませんでした」

 3カ月後の平成27年4月、言葉通りに夫は独立し、建設事務所の社長となった。

「独立して間もない頃は、毎晩、疲れ切った顔をして帰宅していたので、『おかえりー! 美人妻がお出迎えー』と明るく玄関に走っていきました。『えっ? スッピンやん』と主人も笑って。しんどそうにリビングに転がってテレビを観ている時には、『美人妻がマッサージしてあげるー』と冗談を言いながら足を揉(も)むと、主人の顔もほころびましたね」

 あれから1年、会社は順調に軌道に乗り、『日時計日記』に書いた通りに自宅で母親教室も毎月開催している。

「『ここ数年で主人の顔がどんどん柔和(にゅうわ)になった気がします』と天野井さんに言ったら、『それは、あなたの顔が柔和になったからよ』と言って下さり、嬉しくなりました」

 現在は週4日、近所のパスタ店にパート勤務し、パン作りを担当している。優しい夫と、明るく素直に育った小学5年生の娘に囲まれ満たされた日々。心の中からきれいになった〝美人妻〟は、かつてのコンプレックスなど吹き飛ばし、朗らかな笑顔で家族を和(なご)ませている。

林田さんが自宅で開く母親教室の参加者の皆さんと

林田さんが自宅で開く母親教室の参加者の皆さんと

*1 母親のための生長の家の勉強会
*2 生長の家の布教・伝道の拠点
*3 生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊