髙橋美月(たかはしみづき) 愛媛県出身、群馬県在住。平成24年5月5日に26歳で入籍。夫と4歳の娘の3人家族。娘も生長の家が大好きで、行事に連れて行くと皆から愛され、ありがたく感じている。平成29年から群馬教区青年会委員長。光明実践委員。

髙橋美月(たかはしみづき)
愛媛県出身、群馬県在住。平成24年5月5日に26歳で入籍。夫と4歳の娘の3人家族。娘も生長の家が大好きで、行事に連れて行くと皆から愛され、ありがたく感じている。平成29年から群馬教区青年会委員長。光明実践委員。

 彼からは、「恋人になってくれませんか?」というメールが返ってきて、私たちの関係は無事に“恋人”に昇格しました。出会いから5年後、24歳になったばかりのことでした。

 私は京都、彼は群馬に住んでいて遠距離だったので、私たちのデートといえば、生長の家の行事(私の勤務する宇治別格本山(*1)の大祭や新年祭、青年会(*2)全国大会、講習会)終了後に、二人でご飯を食べに行くぐらいでした。“生長の家抜き”で遊びに行ったのは数えるほどしかありません。あとは、夜遅くまで電話をするのが定番でした。

 彼にとっては私が初めての彼女だったので、付き合い始めた頃の彼のファッションや、立ち振る舞いに、ビックリというかガッカリというか……。「もう少し、ちゃんとしてよ!」と思う部分も多々ありました。

 母ともよく電話をしていて、交際して半年ほど経った頃に、彼のことを伝えました。しかし、「実家に近い人で、次男か三男ぐらいがいい」という母の希望とは正反対だったので、すぐに認めてもらえませんでした。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 母に反対されたことで、私は今まで以上に「彼のことをお母さんに認めてもらいたい」という思いで、仕事を頑張り、三正行(さんしょうぎょう)(*3)にも励みました。母とは毎日のように電話でケンカをしましたが、寝る前に彼との電話で「お互い頑張ろう」と励まし合いながら、二人の絆を深めていきました。

 母はこの頃から愛媛教区の白鳩会(*4)に入会し、講習会や練成会(*5)などに参加するようになったそうです。宇治の大祭や新年祭では、私が写経課に勤めていた関係で、写経係の奉仕員として活躍してくれました。彼も交通係の奉仕員として来ていたので、母に彼の人となりを見てもらえたと思います。

 この頃は毎年2回、母と京都旅行に行くのを楽しみにしていました。母は私たちの交際を許してくれたわけではありませんでしたが、一度彼に会ってみようということになり、彼を京都旅行に誘いました。ところが、彼は待ち合わせ場所を間違えた上、着てきた服はヨレヨレで、髪の毛はボサボサ。それに手には破れた紙袋……。翌日、朝食に誘おうと彼の泊まる部屋に行くと、中から大声で「光明思念の歌」(*6)が聞こえてきて、母は何度呆れたことでしょう。

 でも、警備員の仕事をする彼は、当時は夜勤も多く、旅行に来るだけでも大変だったのだろうと思います。服を買いに行く時間や床屋に行く時間があるなら体を休めたい、おそらくそんな感じだったのでしょう。(つづく)

*1 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*2 12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織
3 生長の家の大切な行とされている神想観、聖経や讃歌の読誦・聖典等の拝読、愛行
4 生長の家の女性の組織
5 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
6 生長の家独得の座禅的瞑想法である神想観の最後に唱える歌