髙橋美月(たかはしみづき) 愛媛県出身、群馬県在住。平成24年5月5日に26歳で入籍。夫と4歳の娘の3人家族。娘も生長の家が大好きで、行事に連れて行くと皆から愛され、ありがたく感じている。平成29年から群馬教区青年会委員長。光明実践委員。

髙橋美月(たかはしみづき)
愛媛県出身、群馬県在住。平成24年5月5日に26歳で入籍。夫と4歳の娘の3人家族。娘も生長の家が大好きで、行事に連れて行くと皆から愛され、ありがたく感じている。平成29年から群馬教区青年会委員長。光明実践委員。

「結婚出来ないかもしれない」と思っていた私が結婚し、娘を授かったことは、本当に神様やご先祖様のおはからいだと思います。生活習慣の違いから、結婚後は些細なことでケンカが多かった私たちでしたが、娘の誕生を機に互いが歩み寄れるようになっていきました。

 例えば家事。一応分担はあるのですが、今は「気づいた方がやる」方式に落ち着きました。主人は年末の大掃除や来客がある時は、家中ピカピカにしてくれるので、とても助かっています。

 私が冗談のつもりで言ったことが、主人には“地雷”だったりして、さっきまで大笑いしていたのに、急に怒り出すこともありました。でも今は、何が主人にとって地雷なのか分かってきました。それに、大事な話をする時は、機嫌が悪い時やテレビを観ている時を避け、タイミングを見て話すようになりました。

 今思えば、主人は、私が独身時代に書き出した「理想の結婚相手」にほとんど当てはまっていて、ビックリしています。私が結婚したいなと思い始めたのと同時期に、主人も『日時計日記』(生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊)に「今年こそ結婚する」と書いていたり、理想の結婚相手を書いて祈ったりしたそうです。互いの「結婚したい」という思いが一致して、交際につながり、結婚できたのだと思います。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 出会ってから結婚するまで随分時間がかかりましたが、今振り返ると、本当は私たちの知らないところで「二人は結婚する」と決まっていて、お互いの結婚願望が一致するまで、神様やご先祖様が見守ってくれていたのだと思います。長く時間をかけたからこそ、主人の中にある素晴らしいものを見つけることができましたし、たぶん、主人も私が気づいていない私の良いところをたくさん見つけてくれたのだと思います。

 実家の母には心配ばかりかけ、結婚後も何かある度に「別れて帰っておいで」と言われました。それでも私は「それは絶対しない!」と言い続けました。あんなに母に反対されても結婚したのだから、母に頼らず自分の力でやっていきたかったのです。

 しかし母は、一昨年(2017)の3月に悪性リンパ腫で、あの世に逝ってしまいました。結婚相手を決める時も、「帰っておいで」と言われた時も、母の言葉に従わず、自分の意志を貫き通した私でした。でも今は、それで良かったと思いますし、天国の母もそう思ってくれていると思います。経済的には豊かでないかもしれませんが、家族みんなが笑顔で暮らせて、父や主人の両親とも仲良く、大好きな生長の家の活動も思う存分できる。これって最高じゃないですか。

 これからも、家族3人仲良く生長の家を信仰しながら、明るく楽しい家庭を築いていきたいと思います。