山本 愛 福岡県出身。平成26年8月に29歳で結婚。山梨県在住。平成27年12月に長女が生まれたことで写真に目覚める。夫のカメラで娘の成長と、娘にメロメロの夫の姿を記録することが日々の楽しみ。生長の家青年会員。光明実践委員。

山本 愛
福岡県出身。平成26年8月に29歳で結婚。山梨県在住。平成27年12月に長女が生まれたことで写真に目覚める。夫のカメラで娘の成長と、娘にメロメロの夫の姿を記録することが日々の楽しみ。生長の家青年会員。光明実践委員。

 5月末に両親に彼を紹介した後は、トントン拍子で話がまとまり、8月末には結納と入籍を済ませ、9月半ばより結婚生活がスタートしました。

 教会で挙げた式では、バージンロードを父にエスコートされて歩きました。私を待つ彼の前まで来た父は、「この手を離すなよ」と言い、彼は「絶対に離しません」と真剣な顔で父の目を見て答えてくれました。私が生まれて約30年、父はずっと私の右手を握って歩き続けてくれました。反抗期の私がどんなに振り払おうとしても、娘を託すことができる誰かにこの手を委(ゆだ)ねるまで、決して離さなかったのです。

 彼との結婚に迷いはなかったものの、お互いのことをよく知らないままでの結婚だったので、内心私は不安でいっぱいでした。少しでも彼にいい奥さんだと思ってもらいたい、私と結婚してよかったと思ってもらいたいと思っていました。

 しかし、結婚から半年後に子どもが宿った頃には、そんな思いを持ちつつも、思い通りにならない事態に直面しました。ひどいつわりで家事もままならず、ほとんど寝たきりの生活になってしまったのです。今まで当たり前にしていたことが出来ない日々はとてもつらく、主人に対する申し訳なさで押しつぶされそうになりました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 それでも主人は優しい言葉をかけてくれ、有り難い気持ちでいっぱいになりました。「体調が落ち着いたら、して欲しいことはありますか?」と主人に聞くと、「そうだね、仕事に行く時に、玄関で『いってらっしゃい』って見送ってもらって、『おかえりなさい』って迎えてもらいたいかな」という答えでした。それを聞いたときに、彼はそのままの私を愛してくれていたのに、何を無理していたのだろうと、すぅーっと肩の力が抜ける心地がしました。

 今思うと、主人は出会った当初からいつも自然体で私に接してくれていましたが、私は常に彼に気をつかって、自分をよく見せようとしていたように思います。でも子どもを授かったことを機に、私も主人に対して素直に思いを伝えられるようになり、自然体で接することが出来るようになりました。娘の存在が私たちを本当の夫婦にし、二人の絆をより深いものにしてくれたように思います。初めての子育ては大変なこともありますが、感謝と讃嘆の言葉を主人とかけ合いながら、協力して小さな娘の成長を見守る日々は、幸福感に満たされています。

 私は両親にそのままの心を表わせたとき、そのままの私を受け入れてくれる主人に出会いました。これからもそのままの心を大切にして、世界で一番素晴らしい夫である主人と、感謝と讃嘆のあふれる明るい家庭を築いていきたいと思います。