西手一幹(にして かつき)さん 奈良市・31歳・農業 取材●長谷部匡彦(本誌) 撮影●中橋博文

西手一幹(にして かつき)さん
奈良市・31歳・農業
取材●長谷部匡彦(本誌) 撮影●中橋博文

 大学卒業後、0.35ヘクタールの畑を知人から借り、有機栽培による農業をはじめた西手一幹さんに、安心・安全な野菜を育てる喜びについて聞いた。

―現在は、どんな野菜を栽培されているんですか?

西手 ビニールハウスではトマトを、露地(ろじ)では、にんにく、オクラ、ズッキーニ、ナス、マクワウリ、冬瓜(とうがん)、ゴーヤなどを栽培しています。毎日、野菜の成長を目にしているとうれしくて、疲れませんし、時間があっという間に過ぎます。野菜に触れていると、「今」を生きていることを実感しますね。

―野菜作りで、一番気をつけていることは何ですか?

西手 「安心・安全な野菜をお客さんに届けたい」という思いです。たとえば、スーパーの店頭に並んでいる野菜のなかには、保管中や搬送中に虫やカビがつかないよう、気体の薬剤を浸透させる燻蒸(くんじょう)処理をする場合があり、発がん性物質が含まれているなど健康への危険性が指摘されています。

―なぜ、そうした処理をあえてするんですか?

西手 納品した野菜に虫がついていると、返品されてしまうからです。危険性があると知りながら燻蒸処理を行う生産者や流通業者にも問題がありますが、消費者の方も、「きれいな野菜しか買わない」という意識を変える必要があります。

 うちは、野菜を種から育て、化学肥料や農薬を使わずに栽培し、直売所で販売しています。出荷作業で野菜についた虫をすべて取り除くのは無理ですが、農薬や化学肥料に頼らないオーガニック野菜なので、これまでお客さんからクレームがきたことはありません。

農業を始めたきっかけ

―「安心・安全な野菜を作りたい」と思うようになったのはなぜですか?

西手 じつは大学1年生のときの内装工事のアルバイトで、石膏(せっこう)ボードの粉塵(ふんじん)を吸い込み、嘔吐(おうと)を繰り返し食事が摂(と)れなくなって体調を崩しました。症状は大学3年生の冬まで続き、一時は外出できないほどでした。

ビニールハウスの中で、少ない量の水で栽培したトマト。「トマトの原産地のように乾燥に近い状態で栽培しています」

ビニールハウスの中で、少ない量の水で栽培したトマト。「トマトの原産地のように乾燥に近い状態で栽培しています」

 あるとき、体から毒素を出すためには、無農薬・有機栽培の野菜を摂取することが良いと本で知り、意識して有機栽培の野菜をとり続けたら、アレルギー症状が治ったんですね。その体験から、無農薬・有機肥料で栽培された野菜の生命力の強さを実感しました。

―それで、無農薬・有機栽培を始めようと?

西手 農業を志(こころざ)すまでには、他にも、いろんなことが重なりました。

 大学受験では、希望の大学に落ちてしまい、滑り止めの大学に入学したんですが、納得出来ず半年で辞め、すべてにやる気がなくなってしまったんです。その頃、生長の家の教えを熱心に学ぶようになった両親から、生長の家宇治別格本山(*1)の大学生練成会(*2)に行くことを勧められて参加し、「人間は神の子で、無限の力がある」ということを学びました。

 そして、その練成会で仲良くなった東京の友人と、共通の趣味である自転車の話で盛り上がり、平成15年8月、2人で函館までの約1,400キロを14日間かけ、自転車で踏破(とうは)しました。函館に着いたときは「人間には無限の力がある。やればできるんだ」と実感しました。

 函館の小高い丘に登り、周囲を見渡したとき、「日本は広いのに、世界はもっと広い。こんなところでくすぶっていてはいけない」と思い、生長の家の教えを本格的に学ぼうと決心しました。

 その後、誌友会(*3)に参加し続け、生長の家総裁・谷口雅宣先生が、地球環境問題について警鐘(けいしょう)をならされていることを知りましたが、その頃は就職してから考えればいいと思っていました。

 当時、IT企業の社長が自社の株価を上げて利益を稼ぐ、ゲーム感覚の経営が話題になっていて、「そんなのは本当の経営と言えるのか?」という思いから経営に興味がわき、同志社大学の経済学部に入学しました。大学で、現在の経済活動は地球に負荷をかけ過ぎており、本当の意味で持続可能な産業は、農業と林業だけだと知りました。

 大学2年生の秋からは、里山の保全活動について学ぶゼミに入り、不耕起(ふこうき)栽培(*4)で野菜を作ったりしていました。このゼミを選んだのは、生長の家で、「自然と共存することの大切さ」を学んでいたからかもしれません。ちょうど自分自身の健康問題とも重なり、経済よりも、持続可能で健康にもよい農業について興味を持つようになったんです。

―農業を始める決心をされたのは大学卒業後ですか。

西手 就職活動で、色んな業種について調べるうちに、「本当にしたいことは何だろうか?」と迷いました。そんなときに、墓参りで父の実家を訪れ、高齢の祖父母の畑が耕されず、そのままになっているのを知りました。本当に持続可能な産業は農業と林業だけだ、という話を思い出し、有機栽培を始めてみようと思ったんです。

生命が育つ野菜

―野菜の栽培で、難しいと感じていることは?

西手 まず土の状態をいかによくするかです。農薬や化学肥料は土中の微生物を殺すので、使用していません。それに地球温暖化の原因となる二酸化炭素の約300倍の温室効果がある、亜酸化窒素を発生させてしまう動物性の肥料も使いません。肥料を施肥する場合は、有機JAS((*5)認定を受けたものを使用しています。

 野菜は、アルカリ性土壌を好むものと、酸性土壌を好むものがあります。日本は降雨量が多く、酸性雨の影響もあり、土壌は酸性に傾いているため、酸性度の調整と、野菜の耐病性を高めるためにカルシウム分の石灰を散布したりします。私は石灰ではなく、「カキ殻石灰」を使用しています。効き方がゆるやかなので野菜の根を痛めにくいのが特徴です。また、独特の匂いで防虫効果のある「ニーム油粕」を使用しています。

有機JAS対応の肥料や培養土

有機JAS対応の肥料や培養土

 その他、光合成細菌群を中心としたEM菌などが入ったボカシ肥料も使っています。細菌群とは、微生物の集まりのことで、植物を育てるには、細菌や菌類などの微生物が重要です。微生物は刈った草や野菜の残渣(ざんさ)などの有機物を、野菜が吸収しやすい無機物へ変換してくれるからです。また、土壌中の微生物が多様性に富んでいると、互いにバランスを取り合って、病気を発生させる特定の菌だけが増殖することがなくなります。

 私の畑では、土壌の微生物が豊かに繁殖していて、刈った草を土の上におけば微生物によって分解されます。そこにダンゴムシやミミズなどが集まり、それらを狙ってクモやトカゲなどの捕食者も集まります。虫たちの糞や死骸(しがい)も土に還り、それらも肥料の一部となり、美味しい野菜を育んでくれます。こうした、自然本来の姿に近い生態系の循環が重要なんです。

―野菜作りの一番の喜びは何ですか?

西手 野菜嫌いだったお子さんが、私の栽培した有機野菜だけは、あっという間に全部食べてくれてたという話を聞いたときは、嬉しかったですね。野菜づくりは、まさに「いのちを育む」ということで、それによって人のいのちも、自然の生態系も健全に育まれることが私の一番の喜びです。

 家庭でも、茎ブロッコリーやルッコラ、サニーレタスなど、育てやすい野菜がたくさんあります。ぜひ皆さんも、挑戦してみてください。いのちを育てる喜びを、実感できますよ。

「中古のトラクターを格安で購入しました。お陰であっという間に耕せます

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*1 46ページ参照
*2 合宿して教えを学び、実践する集い
*3 教えを学ぶ集い
*4 土を掘り返したり、反転したりして耕起をしない栽培方法
*5 農林水産省の登録認定機関が認証する有機食品の認証制度