小学校の特別支援学級の担任をするOYさんは、中学生の頃まで、学校では寡黙(かもく)でおとなしい生徒だったという。高校に進学し、活発な同級生たちに囲まれているうち、自分の殻(から)がやぶれたように、そのままの自分を快活に表現することの心地よさを感じるようになった。教師になってからは、児童たちの本来の素晴らしさを祈り、それを引き出すことを心がけている。

OYさん 愛知県名古屋市・29歳・教論 取材●長谷部匡彦(本誌) 撮影●中橋博文

OYさん 愛知県名古屋市・29歳・教論
取材●長谷部匡彦(本誌)
撮影●中橋博文

 Oさんは、勤務先の小学校に出勤すると、担当している特別支援学級の児童たちの机の上や椅子(いす)を、毎朝、祈りを込めて雑巾掛(ぞうきんが)けをする。

「この机を使う◯◯さんが、神様の御心(みこころ)のままに、笑顔に溢(あふ)れた素晴らしい一日を過ごせました。ありがとうございます、と祈りながらしています」

 すると、教室内が清々(すがすが)しい雰囲気に包まれてくることを感じるという。

 また、子どもたちの可能性をのばすために、保護者にこう伝えるように心掛けている。

「ついつい他の子どもと比較して、出来ていないことを子どもに言ってしまうこともあると思います。でも、そのままの子どもを認めて、ほめてあげれば、いつかは必ず出来るようになるんです。子どもには一人ひとりのペースがあるので、お子さんのペースを尊重して、少しでもできたことがあれば、たくさん褒(ほ)めてくださいね」

 子どもの将来に不安を抱えている親たちの焦(あせ)りがなくなると、子どもたちにも安心感が漂(ただよ)い、雰囲気も良くなるという。

自分の殻を破る

 5人きょうだいの4番目として生まれたOさんは、きょうだいが多いことで母親が大変そうにしているのを気遣(きづか)って、親を煩(わずら)わせないようにおとなしく過ごすようにしていたと、子供時代を振り返る。

 幼稚園の頃から、母親に連れられて生長の家の生命学園(*1)に通うようになり、小学生からは青少年練成会(*2)にも参加するようになった。

「そこで『人間はみな神の子で、素晴らしい』ということを学んだんですが、周りの大人から『Yちゃんは、いつも静かで良い子だね』と言われていたせいか、『大人に喜ばれるように、いつも良い子でいなければいけない』と思うようになったのかもしれません」

 小学、中学と学級委員長やバレー部のキャプテンなどを務め、周りから真面目でしっかりした性格だと見られていた。ところが、高校に進学すると、同級生たちがいきいきと活発に話をすることに驚いた。

「自分の意見をはっきり言う子たちばっかりで、このままでは、自分の存在が無くなってしまうと思って、自分の意見を言うようになりました」

 そのため、ときには言い争いになることもあったが、お互いに理解しようと話し合ううちに、かえって友達との絆(きずな)が深まった。なんでも話せるような人間関係がつくれるようになると、心の中に変化がうまれた。

「本当の自分は、お喋(しゃべ)りをするのが大好きだったんだと気づきました。以前は、周囲の目を気にして、寡黙(かもく)で良い子を演じていたのかもしれません。そのままの自分を表現できるようになってからは、自分を縛(しば)っていたものがなくなって、さらに楽しくなりました」

祈りで導きを得る

 平成19年、高校を卒業すると、教師をめざして大学の教育学部に進学した。

「自分は本当に、学校の先生になれるのだろうか」と不安を感じて母親に相談したところ、神想観(*3)の実修を勧められた。 

「母は、『祈ったうえで進んだ進路が、一番相応(ふさわ)しい道だよ』と助言してくれました。それで、起床後と就寝前に、『私は神様に導かれて、人のお役に立てる、自分に相応しい職業に就(つ)けました』と、神想観のなかで、お祈りをするようになりました」

 祈り続けていくうち、不安がなくなって、教師になるという意志が強固になっていった。

 そして資格試験に合格し、小学校教諭一種免許を取得。教員採用試験の受験願書の配属先希望欄に、普通学級に加えて特別支援学級も記入して試験を受けた。すると、配属先の小学校の校長から直接、電話連絡があって、特別支援学級の担当になることが決まった。

「日常のなかで、何か問題があっても『自分を成長させてくれる』と前向きに受け止めると、気分が全然違ってきますね」

「日常のなかで、何か問題があっても『自分を成長させてくれる』と前向きに受け止めると、気分が全然違ってきますね」

「最初は本当に驚きましたが、『神様に導かれて、自分に相応しい道へお導きください』と祈っていたから、特別支援学級の教師になることが、神様が用意して下さった道なんだと思いました」

 平成23年4月に、名古屋市内にある小学校の特別支援学級の担任として、勤務をはじめた。最初の頃は、軽度の発達障害をもつ児童たちと意志の疎通(そつう)が上手(うま)くできず、ストレスを感じていたが、彼らと毎日、接し続けているうちに、「人間はみな神の子で素晴らしい」という生長の家の教えが、ふと頭をよぎった。

「それで、毎朝の神想観のなかで『子どもたちはみんな素晴らしい神の子です。ありがとうございます』と祈るようになりました。すると、子どもたちの言いたいことが少しずつ分かるようになってきたんです」

 それからは、児童が努力して頑張(がんば)ったときなどには、体いっぱい使ってクラス全員で一緒に喜んであげた。すると、他の児童たちも前向きに取り組むようになり、クラスが明るい雰囲気に包まれるようになった。

善いことだけを観る

 平成28年4月に、特別支援学級の主任として2年目を迎えたとき、ある児童を受け持つようになった。その児童は、イライラして物を投げ、暴言を吐いたりした。そんなときはOさんも、ついきつい調子で叱(しか)りたくなる衝動(しょうどう)にかられた。

 そのことを母親に相談すると、「みんな善(よ)い子に決まっているから観方(みかた)を変えなさい。それからしっかりと抱きしめてあげて」と助言してくれた。

「それで、その生徒が暴(あば)れている時に、ギュッと抱きしめて、『大丈夫だょ、大丈夫だょ』と心の中で念(ねん)じたんです。そうしたら、その子はすごく落ち着いてきて『あぁ素晴らしい神の子だったんだ。私は現象にとらわれて、間違った観方を今まで続けていたんだ』と気づき、心の底から詫(わ)びる気持ちが湧き起こってきました」

 それをきっかけに、その児童はイライラして物を投げたり、暴言を吐いたりしなくなった。さらに、Oさんが積極的に声を掛け、ほめることで、その生徒は見違えるほど落ち着くようになったという。

 Oさんに、どうしたら周囲の状況に振り回されずに、明るい気分でいられるのかを聞くと、こんな答えが返ってきた。

「ひとつには、外の状況に自分を合わせようとするのではなく、自分の内面に目を向けて、本来の自分を表現することが大切です。その方が、周りに影響されず、明るい気分でいられます。それから、神想観のなかで、現象を超(こ)えた、善一元(ぜんいちげん)の神様の世界をみることです。始めは自分の希望を叶(かな)えるためにしていた神想観ですが、自分だけでなく、相手の素晴らしさにも気づけるようになりました」

*1 幼児や小学児童を対象にした生長の家の学びの場
*2 合宿して教えを学び、実践するつどい
*3 生長の家独得の座禅的瞑想法