秋元 雅晴(あきもと・まさはる)さん 愛知県安城市・32歳・団体職員 取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●永谷正樹

秋元 雅晴(あきもと・まさはる)さん
愛知県安城市・32歳・団体職員
取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●永谷正樹

営業の仕事のなかで、苦手な上司や取引先を避けるようになり、重要な仕事の相談が出来ず、それが原因で大きな失敗をしてしまった。ストレスからうつ状態となり、立ち直りたい一心で参加した生長の家の練成会(*1)を契機にして、状況に振り回されない自分を見出した

 取材の日、人懐(なつ)っこい笑顔を浮かべた秋元雅晴さんが、職場である生長の家愛知県教化部(*2)の前で出迎えてくれた。カメラマンと共に館内に入ると、周りの職員から、「取材、がんばってね」などと声がかかる。秋元さんはしばし談笑した後、別室での取材が始まった。

「今はそうではありませんが、前の仕事では苦手な人を避けてばかりで、職場の人たちとも、あまり打ち解けられなかったんです」

 平成17年、専門学校を卒業後、秋元さんはガス卸会社に入社。営業の仕事をしたが、当時は今とは違い、常に愛想笑(あいそわら)いという“仮面”をかぶって人に接していたという。

「それに、大口の取引先に行かなければいけないのに、そこの社長に威圧感を感じて避けてばかり。逆に小口の取引先だと、気楽に世間話で盛り上がって、そっちばかり回るようなことをしていました」

自分が許せない

 入社4年目に、他の営業所から、寡黙(かもく)で頭が切れる上司が異動してきた。

「理詰めで仕事を進めるタイプだったので、質問が厳しく、前に立っただけで足が震えてしまうほどでした」

 その3年後の平成24年、重油式のボイラーから、環境への負荷が少ないガス式のボイラーへの取り替えの仕事を、取引先から頼まれた。約1,000万円の工事で、国から250万円の補助金が支給されるため、その申請作業を担当することになった。

 だが、申請に関する説明書は、専門用語が羅列(られつ)されていて200ページ以上もあった。秋元さんはその仕事を一人で抱え込み、なんとか書類を作成して提出した。

 ところが、審査機関の担当者から書類不備の連絡があった。対応が遅れているうちに提出期間を過ぎてしまい、数カ月後、審査機関から取引先に申請却下の通知が郵送され、作業のミスが発覚してしまった。

「大変な仕事を任されて懸命にやりましたが、上司や先輩は、なんでフォローしてくれないんだろうという気持ちが強くて。でも、一番許せなかったのは、仕事で困っているということを、上司や先輩に相談が出来なかった自分自身でした」

生長の家愛知県教化部で、同僚の金沢健二さんと。「頼りになる先輩です」

生長の家愛知県教化部で、同僚の金沢健二さんと。「頼りになる先輩です」

 その後、取引先に損失を与えた責任を問われ、関連会社への出向が決まった。

「ところが出向先でも、同じ内容の仕事の依頼があって、また失敗してしまうのではと、不安でいっぱいになってしまったんです」

 1カ月後、出社できなくなり、病院で診察を受けると、ストレスによる初期のうつ症状と言われ、3カ月間休職することになった。

自分が変われば環境が変わる

 休職期間中の平成26年8月、生長の家の教えを信仰していた母親の勧めもあり、立ち直るきっかけが欲しくて、生長の家宇治別格本山(*3)の練成会に参加した。

「練成会では、両親に感謝することの大切さを教えられました。でも、母には感謝できても、父には、どうしても感謝することができなかったんです」

 幼い頃から両親は不仲で、喧嘩(けんか)が始まると、父親は母親に手をあげることもあった。秋元さんに対しても、学校の成績が悪かったり、期待に応えられなかったりすると、父親は厳しく問い正したり、殴ったりした。そして、秋元さんが20歳の時、両親は離婚した。

 秋元さんは、練成会の行事の一つである浄心行(*4)のなかで、父親に対する思い、さらには職場の上司や先輩たちに対する思いを、用紙に20枚にわたって書き綴(つづ)り、焼却した。悩みの大部分は消えたものの、父に対するわだかまりだけは、どうしても消えなかったという。

「他の研修生と喧嘩になってしまったときに、『日時計日記』に相手を讃嘆する言葉を書きました」

「他の研修生と喧嘩になってしまったときに、『日時計日記』に相手を讃嘆する言葉を書きました」

 その後、もっと真理を深く学びたいと思い、研修生として残ることを決めた。研修生になって間もなく、他の研修生と、些細(ささい)なことから人間関係に亀裂(きれつ)が生まれ、相手から嫌がらせを受けるようになった。そんな相手と取っ組み合いの喧嘩をしてしまい、研修生を辞めようと講師に相談すると、「環境は心の影だから、何か問題が起こるのは、自分の心の持ち方に原因があり、それを反省するとき、魂が向上する」と教えられた。

「それから、相手の本当の姿である『素晴らしい神の子』という言葉を、心のなかで繰り返し唱えるようになったんです。すると、数日後に、相手が『自分も悪かった』と謝ってきて、仲直りすることができました」

父との和解で自分を許す

 手応えを感じ、父親に対しても、神想観(*5)のなかで「私は、あなたをゆるしました。あなたも、私をゆるしました……」という言葉を唱えるようになった。

 さらに、研修生になって参加した練成会の浄心行で、「恨(うら)んでいる相手の立場にたって、用紙に書くのもいい」と教えられ、父親になったつもりで、「冷たく見えたかもしれないけど、本当は愛しているんだよ」と用紙に書きだした。すると子供の頃、父親から言われた言葉が、ふと蘇(よみがえ)ってきた。

「父から、『なんでも話せる友達をつくりなさい。そして本をたくさん読みなさい』と、言われたことを思い出し、本当は人間関係や勉強のことで心配してくれていたんだと感じました」

 用紙を焼却後、参加者と共に、「お父さん、ありがとうござます。お母さん、ありがとうございます」と唱えていると、瞼(まぶた)の裏に「雅くん、雅くん」と、呼びかけている母親と父親の優しい表情が浮かび、とめどめもなく涙が溢(あふ)れてきた。そして、父親へのわだかまりがスーッと消え、自分は本当は愛されていたのだと感じた。

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「幼い頃の記憶のなかで、自分自身を否定していましたが、もっと自分を大切にし、自分のことを許そうと思うようになりました」

 1カ月の研修生活を終える頃には、気持ちが前向きになり、生長の家の教えを真剣に学び、誰かの役に立ちたいと思うようになった。

 会社の本社に辞表を提出しに行くと、一番苦手だった上司と偶然出会った。

「迷惑をかけたことをお詫びしたら、優しい表情で励まされ、目頭(めがしら)が熱くなりました。苦手だと思っていましたが、自分がそう思っていただけなのだと気づきました」

 その後、縁があって生長の家愛知県教化部に就職した秋元さんは、自らの経験から、人間関係で困っている人に向けて、こんな助言をくれた。

「相手がどんな状態に見えたとしても、『本当はすばらしい存在なんだ』と認めることができれば、ものごとの見方が変わって、相手に左右されにくい自分になれると思います」

*1 合宿して教えを学ぶ、実践する集い
*2 生長の家の布教・伝道の拠点
*3 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*4 過去に抱いた悪感情や悪想念を紙に書き、生長の家のお経『甘露の法雨』の読誦のなかで、その紙を焼却し心を浄める行事
*5 生長の家独得の座禅的瞑想法