昨年(2016)2月に結婚したYさん夫妻は、ともに生長の家の教えを学び、感謝の思いに満たされるようになったときに運命が好転し、幸福な結婚が決まったという。互いに過去には寂しさや、自己を肯定できないつらい時期を過ごしたこともあったが、二人のさわかやな笑顔から、充実した毎日を送る喜びが伝わってくる。

夫Yさん・妻Aさん 京都府宇治市・34歳、37歳・団体職員 取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●近藤陽介

夫Yさん・妻Aさん
京都府宇治市・34歳、37歳・団体職員
取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●近藤陽介

 すらっとした細身の体に透き通った眼差しが印象的なYさんと、優しい笑顔をたたえたAさんは、結婚1年目の新婚夫婦。二人が出会う前、互いに悩みを抱え、満たされない日々を過ごしていたが、すべてに感謝できるようになったとき、物事が好転し始めたという。そんな過去を二人は明るく振り返った。

 大阪府出身のYさんは、兄を連れて再婚した母親と父親の間に生まれ、続いて妹が一人生まれた家庭で育った。7つ年上の兄と父親との仲は悪く、兄は小学校高学年の頃から、事あるごとに母親を責めるようになった。Yさんは幼い頃から、そんな兄の機嫌を損(そこ)ねないように気を使いながら暮らしていたという。父親は家庭を顧(かえり)みない仕事人間で、帰宅も遅く、Yさんとの関係も希薄だった。

 Yさんは小学3年生の夏休みに、生長の家の教えを信仰していた母親の勧めで、生長の家宇治別格本山(*1)の練成会(*2)に参加した。

「練成会では、『人も物も自然もすべては神の生命の現れである』と学び、家に帰って、母に『みんな神様! 机も神様だったよ!』と、素直に悦(よろこ)びを伝えたことを、今でもよく覚えています」

 しかし、Yさんが中学2年生の時、両親が離婚することになり、母親が子供3人を引き取って大阪から東京に引っ越したため、新たな生活が始まった。

「両親が離婚するとき、自分は何も出来なかったという無力さを感じ、自己否定感が強くなってしまったんです。数カ月間、不登校になったこともありました」

暗い想いが変えられない

 なんとか大学を卒業し、大手量販店に就職した。「生長の家で両親への感謝の大切さを学んでいたので、父親が大阪から東京に出張で来る際に会うようにしましたが、一緒に住んでいる頃から疎遠(そえん)だった父親に対しては、どう接していいのかわかりませんでした」

 Yさんは26歳の時に、当時付き合っていた女性と結婚。だが、幸せな結婚生活とは程遠かった。「結婚の翌月から喧嘩(けんか)のたびに離婚を切り出され、親のことで離婚が身近にあった私は、自分もそうなるのではと思っていました」

 心に安らぎを得られない中、1年後に父方の祖母が亡くなり、鹿児島にある父親の実家を訪れた。そのとき、親戚から父親の子どもの頃の話を聞いた。

「それまで父が家族に見せていたのは、成績優秀で威厳のある姿でしたが、兄たちから可愛がられ、幼少の頃には木に登っては木の実を食べ、お腹(なか)を壊したりして、お茶目な人だったと知ったんです。その話を聞いて、父の人間味に初めて触れた気がしました」

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 そうしてようやく、父親に心を開けるようになった矢先、東京に出張中だった父親が倒れたとの連絡を受けた。脳内出血を起こし危篤(きとく)状態で、母と共に病院にかけつけ、『甘露の法雨(*3)』を読誦(どくじゅ)し続けた。やがて危篤状態からは脱したものの、意識は回復しないままだった。

「入院期間が続くようだとお金の問題も出てきます。一人で会社を起こして働いていた父の自宅兼事務所に確認に行くと、会社の方も父親個人も負債だらけで、明日の生活もままならないような状況でした」

 もともと、いつかは自分が父親の世話をすることになるだろうと考えていたYさんは、様々な行政機関に相談したが、「あなたには責任はなく、行政任せでもいいのではないか」と、どこも似たような反応だった。「でも、生長の家の教えに触れていたので、父を見捨てることはできませんでした」

 しかし、父の負債のことで自分のことが手につかなくなった。精神的に追い込まれ、会社に出勤できなくなり、退職。家では、妻から離婚を迫られるという、八方塞(はっぽうふさ)がりの状態になった。

自己の肯定が一切の感謝

 そんななか、心配した母親の勧めで、Yさんは、生長の家宇治別格本山の練成会に参加した。練成会の中で、生長の家独得の座禅的瞑想法である神想観の実修や、感謝行(*4)を実践した。

 さらに、問題にふりまわされず、ブレない芯(しん)をもった自分になりたいと思い、研修生になった。研修は、神想観や感謝行などの実修と、生長の家の講師による講話が中心だった。

 Yさんは、講話のなかで聞いた、「自分の前世(ぜんせ)の行いが業(ごう)となり、その報(むく)いが運命にも現れる」という話にハッとしたという。

「借金を作って、家族に迷惑がかかるような形で倒れた父の姿は、自分に何かを教えてくれているのではないかと思いました。私の周りに起こることは、すべて自分の問題だったと気づいたとき、一切万事を赦(ゆる)そうと思いました。そして父に対して、はじめて感謝できるようになったんです。さらには、自分が誕生したからこそ、我が家が生長の家で救われるきっかけになったんだと思えて、『自分は存在するだけで尊い生命だったんだ』と思えました」

万事好都合

 約3カ月間の研修生活を終えて東京に戻り、妻と話し合った結果、離婚することにした。父親の会社の清算はなかなか進まず、気持ちが沈みそうになったが、神想観の実修と生長の家のお経の読誦を続け、さらには「万事好都合(ばんじこうつごう)」と、ただ唱えながら生活をした。

「すると一切の過去も、これから先のことも、すべていい事しかないんだと思えるようになりました。すると、父親が住んでいたマンションが希望額で売れ、債権者に返済すると伝えると、複数の債権者から可能な金額だけでいいと言われ、父親の負債も会社の負債も無事に清算することができました。意識のない父に清算の報告と、誰も責めていないよ、と伝えることができました」

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 その後、離れて暮らしていた妹が父親の面倒をみるため東京に戻ったので、Yさんは、生長の家の教えを深く学ぼうと、再び宇治別格本山の研修生となり、3カ月後に職員として就職した。

父親という存在

 傍にいたAさんが、Yさんに促されて自分の体験を語りはじめた。「私は生後半年後に両親が離婚したので、父親の記憶はほとんどなかったんです。それから母親とともに実家に戻り、祖父母と一緒に住むようになりました」   

   一人っ子だったAさんは、祖父母から可愛がられて育った。だが、中学1年生の12月に祖母が亡くなり、さらに1年後には祖父も亡くなった。母親は家計を支えるため夜遅くまで働いていたので、たった一人で過ごす時間が多くなった。

「その頃、母から『あなたには、お父さんがいるのよ』と、父の名前を初めて聞かされました。それまで、母だけから生まれてきたと思い込もうとしていた私には受け入れられませんでした」父親という存在を心から排除して自身を保っていたためか、Aさんは男性と接するのが苦手だった。

変わりたい

「最初に生長の家の教えに触れたのは、20歳の時でした。母親が知り合いから勧められて購読し、積み上げられていた『白鳩(*5)』をふと開いたら、つらい出来事を乗り越えて明るい人生を歩んでいるという体験談が載っていました。そのとき、自分もこの教えで変われるかも知れないと直感して引き込まれ、すべてを一気に読み切ってしまいました」

 その後、生長の家兵庫県教化部(*6)を訪れ、若い女性だけが集まる誌友会(*7)に参加するようになった。だが、社会人になってからも、常に満たされない想いを抱える日々が続き、27歳で退職。そのときに、誌友会の参加者に誘われて、生長の家宇治別格本山の練成会に参加した。

 練成会の講話で、生き別れて顔も知らない父親に感謝ができるようになったときに、自分の運命が好転したという話を聞き、子供の頃からずっと付きまとっていた自分の中の暗い影も、父親に感謝すれば消えるかもしれないと思ったという。

父親とのつながりを感じて

 練成会の間、父親への想いが初めて湧いてきた。それは良い感情ではなく、憤(いきどお)りや寂しい気持ちだった。浄心行(*8)では、その想いをぶつけるように紙に書いた。

「お父さん、なんで私をほったらかしにするのですか?私はあなたの一体なんなんですか? ……」

 そして、講師の先導で両親への感謝の言葉を唱えつづけたが、母親への感謝の想いは実感できたものの、父親への感謝の言葉には、気持ちが入らなかった。それを講師に相談すると、「理屈で考えるのではなく、まず行ずることが大切ですよ」と言われ、研修生として残ることを勧められた。

 練成会の翌月から研修生になったAさんは、神想観の中で「お父さん、ありがとうございます」と祈り、空(あ)いた時間があれば、父親へ感謝の言葉を心の中で繰り返し唱え続けた。

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「その後、生長の家宇治別格本山に就職して、毎日祈り続けていたんですが、あるとき、ふいに自分は肉体ではなく、それを超えた完全円満な神の子だと思えたんです。すでに素晴らしい存在だったんだと気づいたとき、それまでの満たされない想いから解放されました。その瞬間、父とのいのちの繋(つな)がりを感じ、愛しかない、感謝しかない世界だったという悦びが内側から突き上げ、それはもう踊り出さんばかりの感じでした」

 それぞれに、愛と感謝の世界に気づいた二人には、心穏やかな日々が訪れた。そして、同じ宇治別格本山で働くYさんとAさんは、自然に惹(ひ)かれあうようになった。

 挙式当日、Yさんは兄から、「Yが幸せなら僕は嬉しいよ」と祝福された。「僕は父の世話をした時間を通して、本当の親子になりました。お互いに母子家庭で育ったと思っていたけれども、今、二人には、心から感謝できる父がいます」

 Aさんは、結婚を機に父親と再会を果たした。挙式の日、二人で招待した席には、父親の姿があった。

*1 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*2 合宿して教えを学び、実践する集い
*3 生長の家のお経のひとつ
*4 感謝をこめて、宿泊した部屋などの掃除をすること
*5 本誌の姉妹誌
*6 生長の家の布教・伝道の拠点
*7 生長の家の教えを学ぶ小集会
*8 過去に抱いた悪感情や悪想念を紙に書き、生長の家のお経『甘露の法雨』の読誦のなかで、その紙を焼却し心を浄める行事