巫女(みこ)姿で優しい表情を浮かべた川添知子さんからは、訪れる参拝者に安心感を与える雰囲気が感じられる。長崎県にある生長の家総本山(*1)の巫女として働く一方、川添さんはプロのマンガ家を目指している。オリジナリティーあふれたマンガの構想を、どのように生み出すかなどについて聞いた。

川添知子(かわそえ・ともこ)さん 長崎県西海市・20歳・団体職員 取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●永谷正樹

川添知子(かわそえ・ともこ)さん
長崎県西海市・20歳・団体職員
取材●長谷部匡彦(本誌)撮影●永谷正樹

 生長の家の総本山で巫女として働いている川添さんは、笑顔で待ち合わせ場所に現れた。

「参拝者の方から、笑顔で『ありがとうございます』と、感謝の言葉を掛けられることが多くて、幸せな気分になれますね」

 巫女の仕事をしながら、プロのマンガ家を目指している川添さんは、タブレットを使ってデジタルで描く練習をしている。

「今年の年賀状は、スマートフォンのアプリを使って描いたんです。デジタルだと修正が簡単に出来るんですよ。着色がまだ不慣れですけど(笑)、創造したキャラクターを形にしていくのは楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまうんです」

もしも、◯◯だったら

 宮崎県で生まれた川添さんは、4人きょうだいの3番目として育った。幼い頃から母親に連れられ、きょうだいみんなで生命学園(*2)や練成会(*3)に参加し、「人間は神の子で、無限の力がある」という教えを学んだ。

 母子家庭だったので、母親はいつも仕事で忙しくしていたが、生長の家で仲良くなった友だちや、きょうだいのおかげで、寂しくはなかったという。幼い頃からスケッチが上手だった兄をまねて、絵を描くようになった川添さんは、小学5年生になると、当時読んでいた少女コミックの影響で、将来はマンガ家になりたいと思うようになった。

川添さんが描いたイラスト

川添さんが描いたイラスト

 中学生になると、クラスでいじめにあったが、母親に心配をかけたくなくて誰にも相談できなかった。そんな中、学校生活のなかで楽しかったのは、入部した美術部で絵を描くことだった。

「当時は、生きているのが辛いと思うこともありましたけど、美術部で『もしも、海の中に街があったら』とか、色々な空想をして、それらをイラストに描くことが楽しかったですね。そのお陰で、想像力が豊かになれたのだと思います」

 幸い中学2年生になると、クラス替えがあり、いじめも無くなった。

母親の愛に気づいて

 その後、宮崎県立宮崎海洋高校に進学し、高校2年生の9月には、授業の一環として、73日間の遠洋航海でハワイに行った。

「水平線に平行して浮かぶ雲の流れや、流れ星がとても綺麗(きれい)で驚きの連続でした。船上の生活で、母が当たり前のように食事の用意や洗濯をしてくれていたことのありがたさにも気づきました」

 川添さんが航海から家に戻ると、引っ越しの話が持ち上がっていた。引っ越しが決まると、通っていた高校に通えなくなるため、自分だけ祖父母の家から通うことになり、母親や仲の良いきょうだいと離れて暮らすことに不安を覚えて、川添さんは母親に不満を打ち明けた。

「私が長いこと溜(た)めていた辛かったことに気づいてくれていたのかと、母に詰め寄りました。すると母は、『その時に悩みをなんで言ってくれなかったの? 我が子を護るのが親の役目であって、子どもが傷ついたら必死に護るに決まっているでしょう』と叱られたことを、いまでも覚えています」

 それまで、母親に負担をかけたくない一心で悩みを打ち明けてこなかった川添さんは、母親の深い愛を感じて、心が晴れわたった。そして「親の素晴らしさや、親に感謝することの大切さ」を、趣味で続けていたマンガで表現したいと思うようになった。

オリジナルの発想に必要なこと

 川添さんは高校3年生のとき、高校卒業後は、プロのマンガ家を目指して技術を学べる専門学校に進学しようと思った。ちょうどその頃、母親の知り合いの紹介で、木彫り作品の世界大会で表彰されたこともある、地元宮崎県の木彫師から、こんなアドバイスをもらった。

「専門学校では技術は学べるけれども、他の生徒と同じような考え方をするようになりがちで、独自の発想が生まれにくくなってしまう。ある程度の技術があるならば、人と接する仕事に進みなさい。相手の立場に立った見方や、聞き方、感じ方をたくさん経験することが、遠回りをしているように思えても必ず役に立つよ」

スマートフォンにイラストを描いていく

スマートフォンにイラストを描いていく

 その話を聞いて、アマチュアでもマンガを上手に描ける人が多くいることが脳裏(のうり)をよぎり、専門学校への進学をやめることにした。そして、生長の家総本山での練成会を受けたときに見た、巫女さんの舞う姿に惹(ひ)かれ、周囲からの勧めもあって総本山に就職し、巫女として働き始めた。

 総本山では、早朝の4時半から神官とともに、交代で神に米や塩、水、御神酒(おみき)を供(そな)え、祝詞(のりと)を奏上(そうじょう)して祈る日供(にっく)や、雅楽(ががく)や舞の練習に打ち込むなどの充実した時間を過ごす。さらには、様々な想いを抱えてくる参加者の体験談を聞いたり、現代人の生活は自然環境や動植物に大きな負荷を与えることなども学ぶようになった。

「日供の御祭(みまつ)りをしている時に、フッとアイディアが浮かんでくることがあります。豊かな自然に囲まれた静かな時間に、神様とつながっているからなのかも知れませんね。その時に浮かんだマンガのアイディアの一つが、擬人化(ぎじんか)した動植物たちと人が共に暮らす世界の中で、人間である主人公がさまざまな困難を乗り越え、愛を与え合いながら平和を築き成長していく物語です。このマンガを通して、幸せは身近なところにあることを伝えたいです。これからも色々な経験を生かすことで、私だけのオリジナルな作品をつくりたいと思います」

*1 長崎県西海市西彼町にある生長の家の施設
*2 幼児・児童を対象にした教えを学ぶ集い
*3 合宿して生長の家の教えを学び、実践する集い