阿弥陀如来(あみだにょらい)、薬師如来(やくしにょらい)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)……。信仰の対象として崇められ、人の心を癒やし、魅了してきた仏像。その仏像を彫る人は何を思い、何を伝えんがために仏を彫り出すのか。その“心の軌跡”を紹介していきたい。

平成27年6月に制作した誕生仏。足元の蓮は、梅雨の季節をイメージしたもの

平成27年6月に制作した誕生仏。足元の蓮は、梅雨の季節をイメージしたもの

松村智麿(まつむら・ともまろ) 1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局長。生長の家地方講師。

松村智麿(まつむら・ともまろ)
1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局長。生長の家地方講師。

「よう彫れとるけど、綺麗に彫るだけではあかんのや」

 仏像の彫り方を習い始めて、4年が過ぎた頃の師の言葉である。この頃は、寸法通りに仏像が彫れるようになり、仕上げる際も、鏡の如(ごと)く、木の表面に光沢(こうたく)を出すことができるようになっていた。少しばかり自信も生まれていたが、「それだけでは足らない」と師は言うのである。inoti98_hotoke_2

 では、どのように彫ればいいのか。間をおいて師は、「話しもできるようなもんでないとあかんのや。まっ、彫っているうちに分かるやろ」と言った。これは、拝む人が思わず話しかけたくなるような仏像を彫れということなのだと思ったが、このような仏像を彫り、参(まい)らせるには、長い歳月を要した。

 師の言葉を聞いてから30年。最近ようやく、師から言われたような仏像が、一体、仕上がったと思っている。それは、「誕生仏(たんじょうぶつ)」という、お釈迦(しゃか)様が生まれた時、天地を指して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」の言葉を発したとされる有名な像である。

 誕生して直(す)ぐに歩いたというお釈迦様をイメージし、三等身でふくよかさのある童子を彫像したが、しなやかさを表現するためには、肩の部分を撫(な)で肩ぎみに削り落とさねばならない。しかもその部分は、わずか10センチ強(きょう)の幅しかなく、削り過ぎると全身が貧弱(ひんじゃく)に見えてしまうので、かなりの慎重さを必要とした。

 工夫を凝らし、何とか彫り上げた誕生仏は、2年前、大阪で開かれた仏教美術の展示会に出品した。大小の仏像が多々並ぶ中、誕生仏は、小さいながらも右手で天を指し、しっかりと展示台に立っていた。

 会場の隅にある休憩席から、ふっと誕生仏が展示されている辺(あた)りを見ると、一組の年配の夫婦が、誕生仏に語りかけるように睦(むつ)まじく会話を交(か)わしていた。その上、二人とも誕生仏の頭を愛(いと)おしそうに指で撫(な)でているではないか。展示物に触れることは厳禁だが、「思わず触れたくなった」のだろう。

その時、仏像と人間の心が通い合う瞬間を垣間見たような気がし、「よう彫れとるけど、綺麗に彫るだけではあかんのや」という師の言葉の意味はこういうことだったのか、と納得したのだった。