香川和貴(かずき)さん、侑子(ゆうこ)さん│29歳│30歳│大阪市東住吉区 取材/磯部和寛 写真/中橋博文 生長の家の信仰で結ばれている香川和貴さん一家。

香川和貴(かずき)さん、侑子(ゆうこ)さん│29歳│30歳│大阪市東住吉区
取材/磯部和寛 写真/中橋博文
生長の家の信仰で結ばれている香川和貴さん一家。

幼い頃から祖父母、父母が信仰する姿を見て育つ

 春の日射しが心地良い3月下旬、大阪の泉大津市にある香川和貴さんの生家を訪ねると、香川和貴(かずき)さん、妻の侑子(ゆうこ)さんをはじめ、香川家の家族が勢ぞろいして迎えてくれた。和貴さんと侑子さんとの間に生まれた、もうすぐ2歳になる長女の無邪気な笑顔を見て、皆一様に頬を緩ませている。

「侑子さんは、生長の家の行事や集まりにはいつも娘を連れて参加しています。そのせいか、娘は『使命行進曲』(*1)などが流れると、曲に合わせて踊ったりもするんですよ」

 そう言って相好(そうごう)を崩す和貴さんは現在、青年会(*2)事務局長として、生長の家大阪教化部(*3)に勤め、青年会の活動に尽力する日々を送っている。

 この日集まったのは、香川さん一家をはじめ、香川さんの祖父・良一(よしかず)さん、祖母・妙子さん、父親・和仁(かずひと)さん、香川さんの双子の弟の8人で、それぞれ生長の家の教えを信仰している。信仰は、両親より伝えられた妙子さんから良一さんへ、そして和仁さん、母親の和美さん(故人)、和貴さんへと受け継がれてきた。

 侑子さんもまた、熱心な生長の家の信徒だった母親から教えを伝えられ、青年会活動で和貴さんと知り合い、平成24年に結婚した。

「私が2歳年上なので、中・高生の頃は和貴さんをお世話する側でした。当時、和貴さんはとても引っ込み思案な性格で、将来、結婚するなんて、想像もしていませんでした(笑)」

 と笑う侑子さんに、和貴さんも照れながら語る。

「自分を前に出したり、人前で話すことが苦手で、大学に入っても、友人ができずに悩んだこともあったんですが、青年会で活動するうちに、侑子さんの励ましもあって、気持ちが前向きになり、苦手を克服することができました。結婚できたのも、青年会の活動があったからこそですね」

 和貴さんは、幼い頃から毎日、仏壇に向かって聖経(*4)を読む祖父母を間近に見てきた。また、父親の和仁さんは若い頃に青年会活動に励み、母親の和美さんも香川家に嫁いでから教えを学ぶようになったため、和貴さんは教えとともに育ったという。

 そんな和貴さんだが、平成13年、中学校2年生の時、いのちの大切さを思い知らされる出来事が起こった。

「その年、母が亡くなったんです。まだ子供だった私は、詳しい病状を知らされていなかったこともあって、母が死ぬなんて本当に信じられないことでした」
 
中学校2年の時、母の死と向き合う

 和美さんは、和貴さんが小学校3年の時にがんに冒された。医者から「余命3カ月」の宣告を受け、入退院を繰り返すようになった。

 しかし、「自分のことより人のことを先に考える優しい人だった」(妙子さん)という和美さんの人柄で、家庭の中は、とても闘病している人がいるとは思えないほどの明るい雰囲気だったという。

 和美さんは、「病本来なし」の教えを支えに、それから7年の歳月を生き抜き、平成13年、41歳で亡くなった。

平成13年に41歳で亡くなった母・和美さんの写真に手を合わせる和貴さん

平成13年に41歳で亡くなった母・和美さんの写真に手を合わせる和貴さん



「母が死んでしまったことに現実感がなく、私は葬儀の翌日から普通に学校に通い始めたんですが、今思うと、母の死に向き合うのが怖くて、蓋をしていただけだったんだと思います。その後、練成会(*5)などで母と子の情愛を表現した『母と子のうた』(*6)を聞くと泣き崩れてしまったり、がんで闘病している人が出ているテレビ番組なども、見ることができませんでした」

 和美さんの死は、「信仰の跡継ぎができた」と喜んでいた良一さん、妙子さんにとっても辛い出来事だった。以前、悪性リンパ腫を信仰で克服するという体験を持っていた妙子さんはひとしおだった。

「きっと病を乗り越えて、一緒に信仰を深め合うことができると信じていたので、和美さんを失った痛みは深いものがありました」
 
「いのちは生き通し」の自覚で気持ちが楽に前向きになって

 そんな悲しみを香川さん一家が乗り越えることができたのは、やはり「いのちは永遠生き通し」という教えによってだった。肉体はなくなっても、人間の生命は生き続け、神様からいただいたいのちは、先祖、親、子、孫へと連綿と続いていく──。良一さん、妙子さんを中心に、家族で神想観(*7)を実修し、聖経読誦を続けることで、「いのちは不滅である」との自覚が深まり、悲しみから癒されていったという。

 その自覚は、和貴さんに大きな変化をもたらした。以前の和貴さんには、自分を裁きすぎるところがあった。生長の家の本を読んでは、自分はこれができていない、あれもできていないと自分を責め、その挙げ句、過呼吸のような症状をきたしてしまうことがよくあった。

「でも、『いのちは生き通し』と分かって何か心がゆったりしてきたんです。そしてすべての出来事は何かを学ぶためにあるんだから、一つ一つ乗り越えて、徐々に成長していけばいいんだと思えるようになって気持ちが楽になり、前向きな心境になれたんです。これも、母のおかげだと感謝しています」

大地は神様、根は先祖。幹は両親、枝葉は子孫

 生長の家では、「大地は神様、根は先祖、幹は両親、枝葉は子孫」と、先祖からのいのちの繋がりを木に例えて、先祖を敬い、感謝し、供養することの大切さを説いている。香川さん一家も、祖父母の良一さん、妙子さん、両親の和仁さん、和美さんから和貴さん、侑子さん、そして子供からさらにその子供へと、いのちと信仰が受け継がれ、見事な大樹となって、豊かな枝葉をつけていくに違いない。

「両親や祖父母、ご先祖様の一人が欠けても、今の自分はいなかったわけですし、妻のご先祖さまの誰かが欠けても、娘が生まれてくることはなかったわけです。それを考えると、ご先祖さま、祖父母、父母からのいのちの繋がりの尊さを感じ、ご先祖さまへの感謝の思いが湧いてきます。何よりもありがたいのは、香川家には生長の家の信仰があり、娘に『人間・神の子』の教えを伝えてあげられること。この教えさえあれば、何も心配ないと思っています」

●先祖の導きを感じる時
良一さん、妙子さんの話
「ちょっと落ち込んだり、悩んだりした時などは、いつもご先祖さまのことを思い浮かべ、心を込めて聖経を読み、供養をします。そうすると、パッとひらめくことがあって、その通りに実行すると、気持ちも晴れ、悩みも解消して、必ず素晴らしい結果が出るんですね。ご先祖さまに護られ、導かれているのを感じます」

侑子さんの話
「智美を産む時、大きく育ち過ぎて、帝王切開になるかもしれないと言われていました。しかし、無事に普通分娩で出産することができ、その時、ご先祖さまや亡くなった実母の導きを感じました。母は、お祖父さん(私の曽祖父)から生長の家の教えを伝えられたそうで、生長の家信徒は私で四代目になります。同じように代々、生長の家を信仰している香川家に嫁ぐことができたのも、『ご先祖さまのお導きだな』と思いますね」

 

*1=生長の家の歌。生長の家創始者・谷口雅春作詞
*2=12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織
*3=生長の家の布教・伝道の拠点
*4=生長の家のお経の総称
*5=合宿形式で生長の家の教えを学び、実践するつどい
*6=前生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子作詞
*7=生長の家独得の座禅的瞑想法