渡邉 渥(わたなべ・あつし)さん│72歳│京都府木津川市 「写真を撮るようになって、季節の移ろいや自然の偉大さをより深く感じるようになりました」  取材/久門遥香(本誌) 写真/中橋博文

渡邉 渥(わたなべ・あつし)さん│72歳│京都府木津川市
「写真を撮るようになって、季節の移ろいや自然の偉大さをより深く感じるようになりました」
 取材/久門遥香(本誌) 写真/中橋博文

 渡邉渥さんは、カメラ歴44年という写真愛好家。愛用するデジタル一眼レフカメラで、京都府木津川市内はもとより、奈良や大阪などにまで足を伸ばし、歴史ある寺や神社、自然の風景などを写真に収めている。

「木津川市の周辺には、昔から人々の信仰を集めてきた浄瑠璃寺(じょうるりじ)などの寺社が多くある上、郷愁を感じさせる里山の風景も残っているので、撮影にはもってこいです」

 渡邉さんは、写真のアルバムをめくりながら楽しそうに語る。

「一枚一枚に、『よく撮れたなあ』とか、『もう少し工夫していれば』などという思い出があります。同じ場所でも、季節、光の加減や空の色、雲などで全く違う雰囲気の写真になる。その日、その時、その瞬間にしか出合えない光景を撮るのが、写真の楽しさですね」

 生長の家には母親を通して触れ、幼い頃から教えに親しんできた。昭和39年に警察官になってからも、『生命の實相』(生長の家創始者・谷口雅春著、全40巻。日本教文社刊)などを読み、心の支えにしていたという。

 舞鶴市の警察署に赴任していた49年、甲状腺の病気を患(わずら)っていた渡邉さんは、救いを求め、仕事帰りに両丹(りょうたん)道場(*1)に出向き、神想観(*2)を実修するようになった。

「神想観を続けるうちに、『人間は神の子で、本来病(やまい)はない』という教えが深く心に染(し)みて病気への不安が消え、『神様にお任せして治療に専念しよう』という気になりました」

 家にこもりがちだったため、外に出る機会をつくろうと、カメラを始めたのもその頃だった。それまでも妻の古い一眼レフカメラで写真を撮っていたが、「本格的に写真を始めてみよう」と思い立ち、新しくフィルム一眼レフカメラを購入。治療の傍(かたわ)ら風景などを撮影するようになった。

渡邉さんの故郷、京都府舞鶴市にある古刹を撮った「金剛院の紅葉」

渡邉さんの故郷、京都府舞鶴市にある古刹を撮った「金剛院の紅葉」

「神想観を続けながら、美しい風景を撮っていると気が紛(まぎ)れ、10年続いた治療も苦になりませんでした。病気が治り、あちこち遠くにも行けるようになってからは、カメラが大切な“相棒”になりました」

 警察を定年退職して5年後の平成22年には、「恩返しをしたい」という思いで相愛会(*3)の一員となり、生長の家の活動にも携わるようになった。一方で、写真クラブに入って写真の勉強にも力を入れるようになり、現在に至っている。

「こだわり始めると、レンズなどいろんな機材を揃(そろ)えたくなるものですが、一番大事なのは、目の前の美しい景色に“感動する心”ですから、ほどほどにしています(笑)。今の一番の目標は、今春開かれる地元の写真展に応募すること。特選を狙(ねら)える一枚が撮れるよう、心と腕を磨(みが)きたいですね」

*1=京都府舞鶴市にある生長の家の施設
*2=生長の家独得の座禅的瞑想法
*3=生長の家の男性の組織