吉原 毅(よしはら・つよし)さん(城南信用金庫相談役) 聞き手:工藤恭裕さん(生長の家国際本部勤務、生長の家本部講師) 写真/堀 隆弘 吉原 毅さんのプロフィール 1955年、東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、城南信用金庫に入職。96年、46歳で常務理事となり、2010年に理事長に就任。共に助け合う協同組織としての信用金庫の原点回帰を打ち出し、理事長の年収を支店長の平均以下、全役員の定年を60歳にするなどの改革を行う。東日本大震災後の2011年4月1日には、「原発に頼らない安心できる社会へ」を発表して注目を集める。現在、城南信用金庫相談役。今年4月に発足した「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」の会長を務める。著書に、『原発ゼロで日本経済は再生する』(角川ONEテーマ21)、『城南信用金庫の「脱原発」宣言』(クレヨンハウス)、『信用金庫の力──人をつなぐ、地域を守る』(岩波書店)がある。

吉原 毅(よしはら・つよし)さん(城南信用金庫相談役) 聞き手:工藤恭裕さん(生長の家国際本部勤務、生長の家本部講師) 写真/堀 隆弘
吉原 毅さんのプロフィール
1955年、東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、城南信用金庫に入職。96年、46歳で常務理事となり、2010年に理事長に就任。共に助け合う協同組織としての信用金庫の原点回帰を打ち出し、理事長の年収を支店長の平均以下、全役員の定年を60歳にするなどの改革を行う。東日本大震災後の2011年4月1日には、「原発に頼らない安心できる社会へ」を発表して注目を集める。現在、城南信用金庫相談役。今年4月に発足した「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」の会長を務める。著書に、『原発ゼロで日本経済は再生する』(角川ONEテーマ21)、『城南信用金庫の「脱原発」宣言』(クレヨンハウス)、『信用金庫の力──人をつなぐ、地域を守る』(岩波書店)がある。

 2011年3月11日、東日本大震災によって発生した福島第一原発の事故から1カ月も経たない4月1日、脱原発のメッセージを発信し、金融業界に衝撃を与えた城南信用金庫(本店・東京都品川区)。当時、同金庫の理事長として、メッセージの発信に注力した吉原毅さんは、その後、『原発ゼロで日本経済は再生する』を出版し、原発がなくても日本経済は揺るがないことを訴え続けてきた。
 その吉原さんに、信用金庫が脱原発宣言をした理由と、安心、安全だと言われてきた原発の真実の姿、原発ゼロによる日本経済再生の道などについて聞いた。

福島第一原発の事故 そこから生まれた原発への不信

──福島第一原発の事故後、城南信用金庫はホームページ上に、「原発に頼らない安心できる社会へ」という脱原発のメッセージを掲げられましたが、そこに至るまでの経緯をお話しいただけますでしょうか。

inoti89_rupo_2吉原 私が城南信用金庫の理事長に就任したのは、2010年の11月でした。その際、真っ先に掲げた方針が、私が生涯の師として仰(あお)ぐ城南信用金庫第3代理事長、小原鐵五郎(おばらてつごろう)が口癖のように言っていた「銀行は金儲(もう)けが目的だが、城南信用金庫は、社会貢献を目的とした協同組織金融機関で、公益的使命を持っており、地域の皆さんのためにある。その原点に立ち帰ろう」ということでした。その矢先、東日本大震災が発生したわけです。

 私はその日、東京都品川区にあるホテルの7階にいました。午後2時46分、これまでに経験したことのない激しい揺れに見舞われ、この世の終わりかと思いました。翌日は土曜日でしたが出勤して、テレビで震災の推移を見守っていると、画面が急に切り替わって、東京電力福島第一原発の1号機が水素爆発を起こしたという、衝撃的なニュースが飛び込んできたんです。そして2日後には、3号機も爆発を起こした。

──私もあのニュースは、大変な衝撃をもって受け止めました。

吉原 放射性物質のほとんどが、風で太平洋の方に流れたから被害は大きくなかったものの、逆風だったら東京はもちろん、関東全域が壊滅状態になったかもしれない重大な事故でした。にもかかわらず、経済産業省やその機関だった原子力安全・保安院(現、原子力規制委員会)など事故の責任を負うべき人たちは、「想定外」という常套句(じょうとうく)を使い、謝罪の言葉さえ口にしませんでした。

 社会の木鐸(ぼくたく*1)を自負するマスコミも、事故に批判の矛先(ほこさき)を向けないばかりか、程なくして新聞やテレビでは、「原発を止めるわけにはいかない。原発を止めれば電力が不足するだけでなく、日本経済が危機に陥(おちい)る」という、耳を疑うような報道が、連日なされるようになりました。

 人間として、企業としての常識を持っていれば、事故が起きた時点で原発をストップさせ、徹底的に原因を検証し、再発防止の対策を講じるはずなのですが、全く行われない。「一体、この国はどうなっているんだ?」という思いが込み上げ、原発のことを徹底的に調べてみようと思ったのです。

次々明らかになる隠された原発の真実

──その結果、分かってきたのはどんなことでしたか?

吉原 私は、福島第一原発の事故が起きるまで、二酸化炭素を排出しない原発は、クリーンかつ安全、コストが安く、資源が枯渇(こかつ)する心配がある化石燃料と比べれば、無限に使えるエネルギーだと信じ込んでいました。でも、原発に反対してきた人たちの文献や資料を読むと、次々に原発の真実が明らかになってきたんですね。

 例えば、立地環境一つとっても、巨大地震を引き起こす活断層が原発の下を走っているのに、そんなことはないかのようにデータを捏造(ねつぞう)する。また、コストにしても、経済産業省の「エネルギー白書」によると、1キロワットの発電コストは、❶原子力5~6円、❷火力7~8円、❸水力8~13円となっていて、直接費用だけを見れば原発が一番安いように見えるわけですが、これには自治体に支払う巨額な交付金、将来の廃炉費用、使用済み核燃料の保管料や処理費用などの間接費用が計上されていないんです。

 さらに、最も問題なのは使用済みの核燃料です。原子炉内で3年ほど燃やされた使用済み核燃料は、貯蔵プールで数年間、水を循環させながら冷やされて再処理工場へ送られ、高レベル放射性廃棄物はガラス固化されて、30年から50年後に深さ300メートルの岩盤(がんばん)に埋められる。しかし、その最終処分場の目処(めど)が立っていない上、放射能が人体に影響がなくなるまでに10万年もかかってしまう。

 原発は、そうしたリスクを、未来に先送りするしかない構図の上に成り立っていることを知って、慄然(りつぜん)としました。

リスクが高い原発に融資する金融機関はない

──事故を起こした東京電力に対しては、どんな思いを持たれました?

吉原 事故後の東電の対応には、大変幻滅しました。混乱のさ中ではあっても、トップは、まず事故の現場に行くのが常識でしょう。にもかかわらず、「想定外」と言い放って、現場に行かないばかりか、ボーナスも退職金ももらってしまう。倫理観や道徳観がまったく失われていると思いました。

inoti89_rupo_3_S それに、「原子力損害の賠償(ばいしょう)に関する法律」(1963年制定)というものがあることを知って、怒りが倍増しました。 

 これは、事故を起こした原子力業者に対し、事故の過失、無過失に関係なく無制限に賠償責任があると定めたものですが、これには、こういう但(ただ)し書きがあるんです。「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」──つまり、東日本大震災による事故に関しては、原子力業者である東電は、この法律で免責され、国家が賠償金を払うことになるんです。 

──それはつまり、巨額な賠償金の大半は、私たち国民の税金で賄(まかな)われることを意味するわけですね。

吉原 その通りです。本来被害者であり、補償されるべき国民が補償する側になってしまうという、とんでもない仕組みなんですよ。これがもし民間ベースで行われたとしたら、あまりのリスクの高さに、原発事業に融資する金融機関など一つもないと思います。 

 こうした矛盾(むじゅん)だらけの原発の実態を目の当たりにした時、「信用金庫の原点」にもある通り、商人がお金儲けのために始めた銀行と違い、地域の発展のためにつくられた公共的な金融機関である信用金庫の進むべき道が、はっきり見えてきたんです。そこで、「公共の利益に反する危険な原発をこのままにしておいてはいけない」と、ホームページ上で、「原発に頼らない安心できる社会へ」という脱原発のメッセージを発信したのです。

原発がなくても大丈夫節電に徹して実感したこと

──メッセージを発信して真っ先に実行したのは、どんなことだったんでしょうか。

上・中/横浜市鶴見区の城南信用金庫鶴見支店屋上にあるソーラーパネルと、店内のLED照明 下/災害時の停電に備え、東京・狛江市の狛江支店に設置された自家発電機 写真提供:城南信用金庫

上・中/横浜市鶴見区の城南信用金庫鶴見支店屋上にあるソーラーパネルと、店内のLED照明 下/災害時の停電に備え、東京・狛江市の狛江支店に設置された自家発電機 写真提供:城南信用金庫

吉原 城南信用金庫で保有していた、東電の株式と社債をすべて売却しました。金融機関が融資するか否かの判断をする際は、❶安全性(融資が期日に確実に回収されること)、❷収益性(リスクに見合った適正な利潤(りじゅん)を確保すること)、❸成長性(企業の健全な成長に資する融資であること)、❹流動性(継続・反復して行われ、資金が流動的に回転すること)、❺公共性(社会的に問題があるような融資は行わないこと)という「5つの原則」に基づいて行います。ところが、東電の場合は、❺の公共性、即ち企業経営者として最低守るべき道徳、倫理に著(いちじる)しく反していたからです。

 私は企業経営を見る上で、「ヒト」「モノ」「カネ」の3要素を大切にするよう教え込まれてきました。特に信用金庫は、「ヒト」に重きをおき、いくら目先の利益が上がっても、経営者の考え方や方針が間違っていたら取り引きしないというのが鉄則ですから、それに則(のっと)り、株式と社債を売却して、“脱東電”を図ったわけです。

──メッセージには、11項目にわたって、原発に頼らない社会にするために取り組むべき項目が掲げられています。具体的にはどうされたのか、教えてください。

吉原 まず取り組んだのが節電です。「電気が足りないから原発が止められない」というのなら、電気消費量に占める原発の割合は約25%ですから、その分の電気を節約しようと考えたわけです。

 そこで、本店をはじめ各支店で、建物内の必要ない電気を全部消し、エアコンも、夏場は28度に設定して、扇風機と団扇(うちわ)をフル活用しました。お客様がいるロビーだけは、さすがに電気をつけていたんですが、ある時、ご年配のご婦人が来られて、「こういう時なんだから、ロビーの電気を消しなさい。戦争中なんてもっと厳しかったんだから」と逆に叱(しか)られました(笑)。それで当時、ロビーの電気も消すことにしたんです。

──他にはどんなことがありますか

吉原 照明をLEDに替えれば、電力消費が蛍光灯の3分の1になることを知って、すべての照明をLEDにするとともに、本店と事務センターの屋上にソーラーパネルを設置し、本店におけるLED照明200本分の電力を太陽光発電で賄(まかな)うようにしました。また、停電が発生しても店舗営業に必要な電力を確保できるよう、全店舗に自家発電機を導入し、古い空調設備をエコ、省エネタイプの新しいものに切り替えました。

──節電の効果はいかがでした?

inoti89_rupo_5吉原 全店舗で徹底的に節電に努めた結果、2011年度の電気使用量は、前年比で23.5%削減することができました。「原発を止めるわけにはいかない」などと言って諦(あきら)め、何もしない人もいますが、私たち一人ひとり、一つ一つの企業が地道に節電に取り組めば、「原発はなくても問題はないという世の中に変えていくことができる」と強く実感しました。

節電3商品の発売と原発を使わない電力への転換

──城南信用金庫では、店舗での節電に加え、広く多くの人に節電を促すための商品もつくったと聞いていますが。

吉原 ❶「節電プレミアムローン」、❷「節電プレミアム預金」、❸「節電応援信ちゃんの福袋サービス」の「節電3商品」をつくりました。

 ❶は、エコ設備を導入される方向けのローンで、1年間は金利ゼロ%で融資するものです。これについては、「金融機関として金利ゼロはあり得ない」という内部からの反対の声もありましたが、「原発をなくすためには、多少の赤字は覚悟してでも、企業として断固たる姿勢を示すべきだ」ということで踏み切りました。

 ❷は、省電力のために10万円以上の設備投資をした方向けのもので、1年ものの定期預金の金利を1%にし、さらに、前年対比で30%の節電をした方には、❸として、イメージキャラクター、信ちゃんの貯金箱つきの福袋をプレゼントしました。

──先ほど、東電の株式と社債はすべて売却したと言われましたが、電力はどうされたんですか。

inoti89_rupo_6吉原 2011年の12月に、「『原発を使わない電力会社』への契約切換」を宣言し、翌2012年1月から、城南信用金庫の9割にあたる77店舗(残りの8店舗は、テナント契約や低電圧契約のため切り換えができない)で、電力の供給元を、東京電力からPPSに切り換えました。その結果、年間2億円以上かかっていた電気料金を1千万円(5.5%)以上も節約することができました。

再生可能エネルギーで日本の経済が活性化する

──生長の家では、谷口雅宣総裁が、『次世代への決断──宗教者が“脱原発”を決めた理由』(2012年、生長の家刊)を上梓(じょうし)し、宗教的な見地から、原発の利用は間違っていることを世に広く問いかけています。また、私たち生長の家の講師も、『いのちの環』に脱原発に向けたエッセイを連載して、自然エネルギーによる新しい文明の構築を訴えており、ご著書『原発ゼロで日本経済は再生する』を読んで大変意を強くしたわけですが、具体的にどうすればいいのか、吉原さんの考えをお聞かせください。

吉原 原発は、万単位の配管パイプが縦横無尽(じゅうおうむじん)、複雑に絡(から)み合った集合体であり、再稼働(かどう)させても、パイプのメンテナンス業者が潤(うるお)うだけで、雇用や景気の拡大にはつながりません。それでも、再稼働を望む声が起こるのは、先ほど話したように、「原発1キロワットの発電コストは5~6円」という、目先の安さに目を奪われているからなんですね。

 しかしこれは、先ほど言いましたように、間接費が計上されていない直接費に限った、まやかしの数字であるわけで、そうしたことに惑(まど)わされず、即時原発をゼロにし、原発に投資していた資金を再生可能エネルギーの実用化にあてることによって、日本の経済は活性化するんです。

 現に、アメリカのゼネラル・エレクトリック(*2)やドイツのシーメンス(*3)など、かつての原発メーカーは、いち早く再生可能エネルギー分野に方向転換し、売り上げを大きく伸ばしています。日本は、太陽光発電、風力発電、小水力発電、地熱発電、バイオマス発電で、世界最先端の技術を持っているわけですから、国を挙げて再生可能エネルギーの成長に取り組めば、ものづくり産業やサービス産業などで雇用を増やすこともできるんです。

 また、再生可能エネルギーは、地産地消を原則としますから、必然的に地方の活性化を促し、過疎(かそ)化の問題も解消されます。また、地産地消なら送電時のロスも抑(おさ)えられるため、国全体でエネルギーの効率化を図ることができるわけで、いいことづくめなんです。

「絶対にあきらめない」原発に依存しない社会の実現へ

──吉原さんは、去る4月に発足した「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」の会長に就任されました。脱原発に向けた今後の抱負をお願いいたします。

inoti89_rupo_7吉原 「原発は使わないほうがいい」ということを大いに啓蒙(けいもう)するとともに、「原発を止めたい」という人たち、再生可能エネルギーを推進する人たちを積極的に応援していきたいですね。“勝つ営業”の鉄則は、「絶対にあきらめない」ことです。

 これは、脱原発にもあてはまることで、「原発に依存しない、安心、安全な社会を必ず実現することができる」と信じて、これからも、掛け替えのないふるさと、そして、この日本の国を守るために活動を続けていきたいと思います。

──お話を伺い、脱原発への思いを新たにさせていただきました。本日はありがとうございました。(2017年4月27日、東京・品川区西五反田、城南信用金庫本店にて)

*1=世に警告を発し、教え導く人
*2=1892年に設立されたアメリカの重工業、軍需産業、航空宇宙産業、電気機器の会社
*3=1847年に設立されたドイツの多国籍企業