米山けい子さん(認定NPO法人フードバンク山梨理事長、全国フードバンク推進協議会代表) 聞き手/久保田道代さん(生長の家国際本部、生長の家本部講師補) 写真/堀 隆弘 米山けい子さんのプロフィール 認定NPO法人フードバンク山梨理事長、全国フードバンク推進協議会代表。2008年、フードバンク山梨を設立。山梨モデルとして行政との協働で、「食のセーフティネット事業」を展開。2015年、全国初の「フードバンクこども支援プロジェクト」を実施。2016年「子どもの貧困対策連携協定」を中央市、中央市教育委員会と締結し、学校との連携を開始。著書に『からっぽの冷蔵庫 見えない日本の子どもの貧困』(東京図書出版)がある。

米山けい子さん(認定NPO法人フードバンク山梨理事長、全国フードバンク推進協議会代表)
聞き手/久保田道代さん(生長の家国際本部、生長の家本部講師補)  写真/堀 隆弘

「フードバンクの活動を知った多くの皆さんが、『いい活動ですね』と言ってくださるんですが、賛同だけでは問題の解決になりません。賛同から参加へ。お一人お一人が、今できることから行動に移していただければと思います」と語る米山けい子・フードバンク山梨理事長

米山けい子さんのプロフィール
認定NPO法人フードバンク山梨理事長、全国フードバンク推進協議会代表。2008年、フードバンク山梨を設立。山梨モデルとして行政との協働で、「食のセーフティネット事業」を展開。2015年、全国初の「フードバンクこども支援プロジェクト」を実施。2016年「子どもの貧困対策連携協定」を中央市、中央市教育委員会と締結し、学校との連携を開始。著書に『からっぽの冷蔵庫 見えない日本の子どもの貧困』(東京図書出版)がある。

 ユニセフの「先進国における子どもたちの幸福度の格差に関する順位表」(2016年)によると、41カ国が加盟するOECD(経済協力開発機構)の中で、日本は下から8番目の34位。さらに、一人親世帯の貧困率(*1)は50パーセントを超え、世界最悪レベルと言われる。そんな中、2008年に設立された「フードバンク山梨」では、貧困で満足な食生活が送れない人や子どもたちを対象に、一般市民や企業から提供された食品を施設と家庭に届けている。さらに全国に先駆(さきが)けて、給食のない夏休みや冬休みの期間、子どもたちに食料支援を実施するなど、意欲的な活動を展開している。フードバンク山梨理事長の米山けい子さんに、日頃の取り組みなどについて伺(うかが)った

食品ロスをなんとかしたい。一人でフードバンクを設立

──生長の家では、子どもの貧困問題の解決に向けて一石を投じたいと、山梨県北杜市や東京・府中市で「子ども食堂」を開設しているほか、運動方針の中で、海外や日本国内の拠点では貧困緩和(かんわ)のために、地元のフードバンク等の活動への支援を謳い、全国の組織を通じて支援活動を行っています。今日はインタビューの機会をいただき、ありがとうございます。

米山 日頃からフードバンク山梨の活動にご協力いただいている生長の家の皆さまに、感謝申し上げます。昨年(2017)12月、「子ども支援プロジェクト」としてクリスマスプレゼントを送った時は、白鳩会(*2)の方々に手作りのカードを作っていただき、子どもたちがとっても喜んでいました。

全国フードバンク推進協議会に加盟している団体は、全国に26あります。

*全国フードバンク推進協議会に加盟している団体は、全国に26あります。

──それは何よりです。まず、フードバンク山梨を設立された経緯についてお話しいただけますか。

上/貯蔵庫一杯に保管されている食品の数々。多くの人の善意が集まっている 中/この貯蔵庫で、寄贈された食品の箱詰め作業を行う。右は聞き手の久保田道代さん 下/貯蔵庫から食品を運び出すスタッフ

上/貯蔵庫一杯に保管されている食品の数々。多くの人の善意が集まっている 中/この貯蔵庫で、寄贈された食品の箱詰め作業を行う。右は聞き手の久保田道代さん 下/貯蔵庫から食品を運び出すスタッフ

米山 私は2008年7月、生活協同組合パルシステム山梨の理事長を退任し、同年10月に、フードバンク山梨を立ち上げました。なぜ、そうした活動を始めようと思ったのかと言いますと、前職を辞める1年くらい前に、フードバンクの活動について紹介したある報道番組で、日本の食品ロスの実態を知り、「なんとかできないものか」と思ったのがきっかけでした。

 私自身、前職の頃から表示の誤りなどで回収される食品が、まだ食べられるのに廃棄(はいき)されてしまうことに疑問を持っていました。ですから、そうした食品を、困っている人のために役立てるフードバンクの活動がしたいと思い、自宅を事務所、車庫を倉庫代わりにして、一人でフードバンク山梨の活動を始めたんです。

課題が山積していたが、「でも、とにかくやってみよう」

──当時は、フードバンクという言葉自体があまり一般的ではなかったと思います。ご苦労もあったのではないですか。

米山 フードバンクに関する文献など頼るべきものが何もなく、手探り状態でしたから、始めるにあたって、唯一、フードバンクの活動をしていたセカンドハーベスト・ジャパン=2HJ (*3)(東京・台東区)に視察に行きました。代表のチャールズ・マクジルトンさんが丁寧に説明してくださいましたが、その中で驚いたのは、運営費がすべて外資系企業等からの寄付によるものだということでした。その頃、山梨県のNPO法人の中で、運営資金を寄付で賄(まかな)っている所はどれだけあるだろうと考えた時、「果たしてできるだろうか」と思ってしまいました。

 また2HJでは、多くのボランティアの方々が活動を支えていましたが、山梨のような地方で、ボランティアを確保するのは難しいのではないかとも思いました。当時の日本では、ボランティアに対する見方が肯定的なものだけではなく、時間を持て余している人とか、自分をよく見せたい人がやるものなどといった偏見もあったからです。

 いろんな課題がありましたが、私は元々楽天的な性格なので、「やってみなければ分からない」と、ともかく活動をスタートさせたんです。

誰もが貧困になり得る現実を目の当たりにして

──まず、どんな行動をされたんですか。

上/ボランティアの人たちが、食品の箱詰め作業を行う 中/昨年(2017)12月に行われた子ども支援プロジェクトの箱詰め作業(甲府東高校)。この時は約7トンの食料が集まり、582世帯に発送された 下/食料支援を受けた母親と子どもが一緒に箱を開けている様子(写真提供:フードバンク山梨)

上/ボランティアの人たちが、食品の箱詰め作業を行う 中/昨年(2017)12月に行われた子ども支援プロジェクトの箱詰め作業(甲府東高校)。この時は約7トンの食料が集まり、582世帯に発送された 下/食料支援を受けた母親と子どもが一緒に箱を開けている様子(写真提供:フードバンク山梨)

米山 フードバンクの活動がどういうものであるかを広く伝え、賛同者を募ることが大切だと考えて、フードバンクを設立する前の2008年9月に2HJから山梨に講師を招いて、企業やフードバンクの活動に興味を持っている一般の方を集め、「広げよう! フードバンクの輪」という学習会を開催しました。その結果、賛同してくださる企業やボランティアの方が出てきました。そして、フードバンク設立後は、協力してくださる企業や2HJから食品を譲り受け、ボランティアの方たちと一緒に、提供を希望する児童養護施設や障害者施設、ホームレスの支援団体などに食料を配るようになりました。

──そうした活動を通して、何か見えてきたものがありましたか。

米山 2009年11月のことです。事務所に夫と2人の子どもと暮らす女性から電話がかかってきました。「明日食べる一斤(いっきん)の食パンを買うお金もないんです。助けてください」と言うんですね。その頃は、ホームレス支援団体が炊(た)き出しをする際に食料を提供していたので、家も家族も食べ物もなくなってしまうホームレスの人たちがいることは分かっていました。でも、家も家族もあるのに、食べ物がなくて困っている人が身近にいることを知って、愕然(がくぜん)としました。

 早速、市の福祉課と連絡を取って、お米や乾麺などの食料をその方のお宅に届けました。ご主人は、病気になった奥さんの看病のために、自営業の仕事を辞め、その後、電気も止められ、一家4人、毎日おかゆでしのぐような生活をしていたといいます。そんな状況の中で、2人の子どもたちが、どんな気持ちで暮らしていたのかと思うと、本当に心が痛みました。

 現代社会では、病気や失業などによって、誰もが貧困になり得るという現実を目の当たりにしたことで、フードバンクの活動の方向性が大きく変わったんです。

心遣いが詰まった食のセーフティネット事業

──貧困というと、どこか遠い外国での出来事のように思いがちですが、私たちの身近にある問題だということですね。

米山 そうなんです。それまでは、希望する児童養護施設や障害者施設、困窮者などの支援団体に食品を提供するのがメインの活動でしたが、そのことがあってから、南アルプス市と協働で、個人を対象に食料を届ける「食のセーフティネット事業」を始めたんです。この事業は、山梨県だけでなく、今、全国に広がりつつあります。inoti103_rupo_5

──食品を送る際には、手紙を添えているとお聞きしていますが……。

米山 はい。利用者の情報に基づいて、家族構成や状況などに応じて食品を選ぶことに加え、担当者からの手書きの手紙を必ず添えています。他にも、フードバンクの活動の様子や食品提供者からの声、料理のレシピなどを紹介した「ふーちゃん通信」や、提供された人が生活の様子や意見を書く、返信用ハガキをセットにして送っています。

支援を待つ人の事情をよく考慮して食品を詰め、このような手書きの手紙を必ず添えている

支援を待つ人の事情をよく考慮して食品を詰め、このような手書きの手紙を必ず添えている

 支援される側は、誰が食品を寄付してくれているのか分からず、支援する側も、誰を支援しているのか分からないので、お互いに顔は見えないわけですが、ただ食品を届けるだけではなく、こうした心遣いをすることで、新しい縁が生まれていくと思っています。

困窮世帯の子どもたちへ夏・冬休みの期間に食料支援

──もう一つ、力を入れておられることに、「フードバンク子ども支援プロジェクト」がありますね。

米山 これは、フードバンク山梨が全国に先駆けて、2015年の夏から始めたものです。自治体の福祉課などや小・中学校と連携し、給食がない夏休みと冬休みに、支援の手を必要としている子どもがいる家庭に食料を届けています。さらに、子どもたちに楽しい思い出をつくってもらおうとバーベキューをしたり、クリスマスプレゼントを贈ったりもしています。また夏・冬休みには、県内2カ所で、小・中学生を対象にした学習支援も行っています。

──このプロジェクトを始めたきっかけは何でしたか?

米山 2010年から2013年のフードバンクの活動を通して行った困窮世帯のアンケート調査で、子どもの貧困の実態が明らかになってきたからです。「食料支援申請者および同居家族を含む利用者全体の年齢の割合」によると、19歳以下の子どもの割合が全体の30パーセントを占め、その内訳を見ると、12歳以下の低年齢層の子どもの割合が60パーセントであること、20歳から40歳代の女性からの支援の申請が多く、母子世帯の貧困が増加していることが分かったんです。この調査によって、子どもの支援を強める必要性を痛感し、2015年からこのプロジェクトを始めました。

教育現場からも見えてきた子どもの貧困の実態

──学校の教育現場では、子どもの貧困をどのように捉えているのでしょう?

inoti103_rupo_7米山 先生たちが子どもの貧困をどう捉えているかを知るため、2016年に「子どもの貧困に関する教育機関向けアンケート調査」を実施しました。すると、「集金日にお金が払えない」「運動靴や上履きがボロボロ」「手足がガリガリに痩(や)せている」などといった子どもが多くいることが分かり、教育現場からも、子どもたちの厳しい貧困の実情が見えてきたんです。

 でも一番驚いたのは、子どもが貧困状態にあるにもかかわらず、そのような親から学校への相談が少ないということでした。先生が子どもの貧困に気づいても、家庭から学校に相談がなければどうすることもできません。

 日本には、“恥の文化”というものがあり、「生活が苦しいことを他人に知られたくない」「生活が困窮していることを知られたら、子どもが差別やいじめを受けるのではないか」などと考えて、どこにも相談できないといった現実があることも分かりました。

──それを打開するために、どんな対策をとられたんですか。

米山 本当に切羽詰(せっぱつ)まっている子どもたちに支援の手が届くように、準要保護世帯(*4)に食料支援申請書を配布することにし、学校からのお知らせの封筒の中に入れて、教師から対象となる子どもたちに配ってもらいました。申請書の他に、フードバンク山梨宛の返信用封筒も同封し、支援が必要な方は、学校を通さなくとも、フードバンク山梨に直接、食料の支援を申請できるようにしたんです。

 その結果、2017年冬の子供支援プロジェクトでは、支援世帯数が582世帯、そのうちの母子世帯の割合は73パーセントの427世帯、支援数2,098人、支援学校数78校、学校からの申請件数507世帯、延べボランティア参加者数368人、運営への協賛企業・団体数約200という実績を挙げることができました。今後もこのプロジェクトを続け、困窮している子どもたちに、救いの手を差し伸べていきたいと思っています。

今できることからフードバンクの活動に協力を

inoti103_rupo_8──生長の家では、飢餓(きが)救済のために、国際本部では職員が月1回、「一汁一飯(いちじゅういっぱん)の日(*5)」を設け、食費の一部を国連WFP(世界食糧計画)を通じて寄付しています。また、専用ウェブサイトで、飢餓救済のためのクリック募金も行っており、今後は、フードバンク活動の啓蒙(けいもう)と支援の輪を広げていきたいと考えています。最後に、フードバンクの活動について、読者の皆さんにぜひお伝えしたいメッセージをお聞かせいただけますか。

米山 私は当初から、フードバンクの活動の推進には市民の皆さんの参加が大切と考えてきました。その意味で、お中元、お歳暮など賞味期限内の余剰の食品を集めて寄付していただく「フードドライブ」は、どなたでも参加できるボランティア活動です。年を追う毎に寄贈食品が増え、現在では、学校、企業でもフードドライブを実施してくださり、2016年には、フードドライブだけで年間42トンもの食品が集まりました。一回一人当たり5キロの寄付だとすれば、年間延べ8,000人以上の方がフードバンクの活動を支えてくださったことになります。

 また、フードバンクの活動にご協力いただくには、フードドライブによる食品の寄付のほか、お金の寄付、ボランティアとして参加するという時間の寄付もあります。多くの皆さんの協力がなければ、フードバンクの活動はできません。「賛同から参加へ」──皆さま一人一人が、今できることからフードバンクの活動に協力してくださるよう切に願っています。

──宗教法人生長の家は、フードバンク山梨の法人会員になっていますが、これまで以上に積極的に協力させていただきたいと思います。本日は、ありがとうございました。
 (2018年7月10日、山梨県南アルプス市のフードバンク山梨にて)

*1=所得が国民の平均値の半分に満たない人の割合
*2=生長の家の女性の組織
*3=本誌No.39(2013年6月号)「食品ロスを失くそう」で紹介
*4=市町村教育委員会が生活保護法第6条第2項に規定する要保護者に準ずる程度に困窮していると認めるもの
*5=食事を通した四無量心(慈・悲・喜・捨)の実践として 飢餓の人々に心を寄せ、昼食または夕食をご飯と味噌汁だけにする日