inoti70_rupo_2

マルティン・レップさん│ドイツ、マールブルク大学神学博士・ハイデルベルク大学教授資格
聞き手 大塚裕司・生長の家欧州駐在本部講師(ドイツ・フランクフルト在住)
写真/ギド・ビュルクナー
勤務している「ヘッセ・ナッセウ・プロテスタント教会エキュメリカルセンター」(フランクフルト)の事務所で

マルティン・レップさんのプロフィール
1953年、ドイツ生まれ。マールブルク大学神学部博士課程単位取得。1988年来日。元龍谷大学文学部教授、NCC(日本キリスト教協議会)宗教研究所元副所長(京都)。現在はドイツ、フランクフルト在住。ハイデルベルク大学の教授資格を持つ。著書に、『問答と論争の仏教― 宗教的コミュニケーションの射程』(龍谷大学仏教文化研究叢書)、論文に、「現在の環境問題と日本の宗教――特に神道と佛教について」などがある。

ドイツ、フランクフルトで牧師を務める神学者で、日本の龍谷大学でも教鞭を執り、神道、仏教に精通しているマルティン・レップ博士に、キリスト者から見た自然と人間の共生について聞いた。

レップ博士の日本における活動

─レップ博士とは、2014年3月にドイツで開催された「脱原発から再生可能エネルギーへの展開について考える国際会議」に参加した時にご縁が生まれましたが、日本の龍谷大学文学部で教授をされていたそうですね。

レップ ええ。キリスト教プロテスタントの神学者として、キリスト教の概説を教えていました。もう一つは、キリスト教と仏教の比較、具体的に言うと、キリスト教における宗教改革と仏教の歴史における改革について、それから、宗教間の対話がどのようになされてきたのかなどについても講義していました。

─NCC(日本キリスト教協議会)宗教研究所の副所長も務めていたと聞いていますが、そこではどんなことを?

レップ NCC宗教研究所は、日本のプロテスタント教会の宗教研究所として、1950年代に設立されたものです。従来、キリスト教の宣教師は、日本の諸宗教に対して否定的、消極的な姿勢を持っていました。そのため、日本における宗教と宗教の相互理解を目的に、外国関係の担当者として、英文の雑誌『Japanese Religions』の編集をし、ヨーロッパの神学生と宗教教育を学んでいる学生に、日本には、仏教、神道などの宗教があるということを案内したりしました。

inoti70_rupo_3

 また、彼らのために宗教研修プログラムを作って、仏教、神道、新興宗教、日本のキリスト教などの宗教間対話を行うなどして、啓蒙活動をしました。

─博士は、生長の家がISO14001の認証を取得したり、生長の家国際本部が2013年に、東京・原宿から“森の中のオフィス”(山梨県北杜市)に移転したことを、ご存じだったと伺っていますが……。

レップ 生長の家については、2009年頃に知っていましたが、前述の国際会議の準備の際、立正佼成会の本部(東京・杉並区)へ行った時に、立正佼成会が生長の家から環境保全のことを学んでいると聞いて、生長の家がISO14001の認証を取得したり、生長の家の国際本部を八ヶ岳に移したことを知りました。

 その後、大塚さんとフランクフルトで会い、特に興味を惹かれたのは、日本初のゼロ・エネルギー・ビルである“森の中のオフィス”のことでした。それがきっかけとなり、大塚さんを国際会議にお招きしたわけです。

神が創造した自然を敬わなければならない

─博士は、日本におられた時、「現在の環境問題と日本の宗教――特に神道と佛教について」という論文を書かれるなど、環境問題に造詣が深い方として知られています。宗教家である博士は、なぜ、環境問題に関心を持たれたのでしょうか。

レップ いつ、どんなきっかけから環境問題に関心を持つようになったというものではないんですね。私は、あちこちに牛や豚などが放牧されているドイツの、自然が豊かな田舎で生まれ育ったので、子供の頃から自然が好きでした。それに今も、猫や犬を飼っていて、動物も好きですから、そういう自然や動物への愛情の中から、知らず知らずのうちに、自然や環境を大切にしなければならないという思いが育まれたのだと思っています。

─博士は、キリスト教の牧師でもありますが、キリスト教の教えからすると、自然や環境について、どのような捉え方ができるのでしょう?

レップ その象徴的なものは、新約聖書にある、使徒パウロの手になるとされる書簡「ローマの信徒への手紙」8章の19節から22節の件ですね。今、自然は苦しんでいる、被造物は救済を待っていると。それで苦しんでいる被造物、動物とかを助けることが必要であり、それが、宗教者が果たすべき役割であると書いてあります。「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています」という一節を読むと、私たちが自然や環境をどのように捉えるべきか、宗教者の果たすべき役割はなんなのかが、ここに示唆されていると思います。

 キリスト教の場合、ともすると、人間の救済ばかりに目を向けがちですが、そうじゃない。神の創造したものには、当然のことながら、自然も含まれるわけですから、自然も救わなければならないんです。

 そうした実践者の一人が、アッシジの聖フランチェスコ(1182~1226)です。フランチェスコは、万物兄弟の思想を説いて、小鳥やオオカミなどを含む神のあらゆる被造物を、兄弟姉妹のように愛したと言われ、自然環境保護(エコロジー)の聖者に指定されています。また、ドイツ系の神学者、哲学者、医者、オルガニストとして知られるアルベルト・シュバイツァー(1875~1965)も、人間をはじめとしたあらゆる生命を敬い、大切にするという考え方に立ち、アフリカで医療活動に従事しました。

─博士も、人間は神様が創られた一切の被造物を大切に守っていく責任がある、と考えておられると思いますが、そういう博士は、日本の京都にお住まいだった頃、建物を建てては壊すスクラップ・アンド・ビルドや建物のコンクリート化が進む日本の現状を見て、どのように感じていましたか。

レップ これは、非常に苦しいことでした。私は、宗教と同じように、日本の美観に惹かれて日本での仕事を探したんです。伝統的な建築、庭とか、そうした文化に魅せられて京都に住むようになったんですが、住まいのすぐ隣にあった古い屋敷が、マンションに変わってしまった時は、胸が痛みました。その屋敷の持ち主が亡くなったため、屋敷もきれいな庭も全部潰して、五階建てのコンクリートマンションになってしまったんですね。

inoti70_rupo_5

 こうなると、庭にあった植物、それに虫、ネズミ、鳥とかの生き物も姿を消し、長い間、京都の人たちが自然と親しんできた暮らしもなくなってしまう。伝統的な家を壊してしまうと、文化だけじゃなく、自然も潰してしまうし、それは、取りも直さず“人間の根”を切ってしまうことを意味しているんですね。

戦いの原因は人間の欲望と人間の執着

─博士は、前述の論文の中で、日本のアニメ『風の谷のナウシカ』を取り上げています。そのことについて、教えていただけますか。

レップ 『ナウシカ』で描かれているのは、産業文明が終わって、環境問題が一層深刻になった未来の世界です。人間がすべての環境を汚染し、破壊してしまったために、土(大地)の怒り、汚れた自然の怒りが、津波のように押し寄せてくる。この自然と人間とが敵対関係になった世界、人間の自然への攻撃的な行動によって自然が変化し、自然が人間に仕返しをするというのが、『ナウシカ』の大きなテーマなんですが、もう一つの大きなテーマは、人間世界の中での、人間が人間を脅かす戦争です。『ナウシカ』には、「人間と自然」「人間と人間」の二つの戦争があって、しかも、その二つの戦争は結びついているんですね。

 環境汚染が広がると、人間は汚染された環境から逃げ出そうと難民になる。もう一つは、環境の変化、汚染が原因で、人間が生きる空間が狭くなり、生きるための環境を確保しようと隣の国と戦争をするんです。『ナウシカ』を制作した宮崎駿の「環境問題と戦争の問題は繋がっていて、しかも悪循環している」という捉え方は、非常に現実的であり、『ナウシカ』は、現在の環境問題を象徴しているアニメだと思います。

─『ナウシカ』では、「人間と自然」「人間と人間」が戦ってしまうのは、人間の「欲望」や「執着」が原因だと言っていますが、博士はどうお考えですか。

レップ 私もそう思います。金持ちになりたい、もっと便利で豊かな生活がしたいという人間の欲望、執着によって、自然と憎しみを伴った対立関係になり、自然を優しく扱わなくなってしまう。さらには不安ですね。『ナウシカ』には、不安という言葉がよく出てくるんですが、人間はその不安が原因で、悪い行い、即ち戦争をしてしまう。この「憎しみ、執着、欲望、不安」という悪循環が問題なんです。こうした人間の欲望の問題については、現代の物質・資本主義社会の下で、キリスト教でも仏教などでも、あまりはっきりと教えていないと思うんですね。ですから、人間の欲望や執着がはびこってしまうことには、宗教にも大きな責任があると思います。

環境問題解決の鍵は神道、仏教の教えにある

─『ナウシカ』の主人公、ナウシカの姿に、環境問題を解決する一つの鍵があるように思いますが……。

レップ そうですね。ナウシカは純粋な心の持ち主、仏教の言葉で言うと、“無我の人”なんです。普通、人は対象を利用するか、戦うだけなんですが、彼女は、善と悪の対立を乗り越えて、森、木、動物、いのちあるすべてのものを愛するんですね。それに彼女は、慈悲の力を持っていて、山から木をもらう時なども、ただもらう、利用するだけじゃなくて、尊い物を返さなくてはいけない、ギブ・アンド・テイクということで、いのちをかけて、自然とコミュニケーションするんです。コミュニケーションするということは、自然、木、動物、植物の主体性を発見することであって、その主体性を認めることで、コミュニケーションできるわけなんです。 例えば長野県にいた押田成人神父は、木を切るような場合も、木の主体性を認めて、「切っていいですか」と聞いて、木とコミュニケーションしました。また諏訪大社の御柱祭では、人は命をかけて森から木をいただくわけです。こうした自然への対し方というのは、神道の考え方ですね。

─論文の中で博士は、「すべての生き物の中に神が宿る」という考え方をする神道、仏教を取り上げています。今、神道の話が出ましたので、仏教について話していただけますか。

レップ 仏教には、仏教者が生きているものを殺すことを禁止する、仏教における非常に根本的な戒めがあります。これは、どんな考え方からきているのかというと、人間と動物、植物は、原因に縁って結果が起きるという「縁起」の関係にあり、密接に繋がっているということ。もう一つは、「輪廻転生」です。人間は、一度死んでもまた生まれ変わってくるというもので、生まれ変わる時には、人間が動物になることもあるし、その逆もあるということですね。

 その例が、平安時代の説話文学に現れていて、法華経を聞いていた牛が、次に人間として生まれ変わったというような話もあります。要するに、人間と動物は密接な関係にあるから、動物を殺生することは、悪業を積むということになるわけです。また、仏教には、一切衆生、草や木も仏性を持っているという教えがあって、こうした考え方もまた、環境問題を解決する上で、重要な鍵になると思います。

 人間が動物、植物、自然を尊重して、それらと愛情あるコミュニケーションをする。これは、日常生活の中で誰でもできることで、難しいことではありません。しかし、こうした人間の行動が、世界に大きな影響を与える力があると思いますし、そうすることによって、私たちの自然への対し方が変わるのではないかと考えます。

意義のある取り組み生長の家の“森の中のオフィス”

─環境問題を解決するには、私たち宗教者が自然と人間との正しいあり方について、啓蒙活動をしていく必要があると思いますが、ヨーロッパでは今、どのような活動がなされているのでしょう?

レップ 全体のことは分かりませんが、ドイツの場合、一つは教会において、宗教教育の一環として環境問題を学んでいます。ですから、特に若者たちは、環境問題への関心が高いです。それから、これはドイツの強さの一つだと思うんですが、宗教については学校でも教え、ここでも環境問題の話がなされます。プロテスタントの教会では、「世界のためのパン」という支援組織を作って、発展途上国のために物資を支援したり、人を派遣したりするなど、幅広い活動をしています。

─素晴らしい取り組みですね。

レップ そう言ってもらえるのはありがたいですが、しかし、こちらの教会では、生長の家の“森の中のオフィス”のような取り組みはしていません。前述の国際会議で、大塚さんからその写真を見せていただき、ゼロ・エネルギー・ビルの取り組みを教えていただいて、これは、非常に大切な取り組みであり、大変意義のある建物だと思いました。なぜかと言いますと、個人的なレベルでなく、大きな宗教団体がゼロ・エネルギー・ビルを実現させたということが、社会への影響力という点で、とても大きなことなんですね。

 こうした先駆的な取り組みは、私たちにとっても大変参考になりますし、教会組織も、啓蒙のレベルから“森の中のオフィス”のような、具体的な実践に挑戦しなければならないと思っています。生長の家の皆さんは、その教えを具体的な形にして実践しているわけですから、素晴らしい取り組みをされていると思います。

inoti70_rupo_6

─そう言っていただけると嬉しいです。“森の中のオフィス”に、一度、お越しください。

レップ そうですね、ぜひ、うかがいたいですね。

─本日は、貴重なお話しを聞かせていただき、ありがとうございました。