上原 巌さん(東京農業大学教授)。聞き手:小林光子(生長の家参議、生長の家国際本部運動推進部次長) 写真/堀 隆弘 上原 巌さんのプロフィール うえはら いわお 1964年、長野県生まれ。東京農業大学教授。日本森林保健学会会長。全国各地の放置林の再生と森林の保健休養機能について、地域の森林と人間が古くからの関係を取り戻し、共に健やかであることを目指して里山の再生と森林療法を実践している。著書に『森林療法のすすめ』『ジョン・レノンが愛した森 夏目漱石が癒された森』、監修として『回復の森』などがある。

上原 巌さん(東京農業大学教授)。聞き手:小林光子(生長の家参議、生長の家国際本部運動推進部次長) 写真/堀 隆弘
上原 巌さんのプロフィール
うえはら いわお 1964年、長野県生まれ。東京農業大学教授。日本森林保健学会会長。全国各地の放置林の再生と森林の保健休養機能について、地域の森林と人間が古くからの関係を取り戻し、共に健やかであることを目指して里山の再生と森林療法を実践している。著書に『森林療法のすすめ』『ジョン・レノンが愛した森 夏目漱石が癒された森』、監修として『回復の森』などがある。

心身の健康増進、ストレスの緩和だけでなく、疾病の治療にも効果があるといわれる森林療法。その草分け的な存在として活動する上原巌・東京農業大学教授に、「森が持つ癒しの力」について聞いた。

高校の教師を辞め、ドイツでクナイプ療法を学ぶ

「日本森林保健学会」の会長として森林療法の活動をされていますが、そこに至るまでの経歴についてお話しいただけますか。

上原 東京農業大学を卒業後、長野県の農業高校の教員になったのですが、派遣される形で養護学校でも教鞭を執ったのですね。学習指導要領に基づいて、療法の一つとして園芸とか畑作業などを行ったものの、なかなか効果があがらなかったのです。そんな時、四肢にマヒがあったり、知的障害を抱えたりしている子供たちと森の中に行って作業をするうちに、彼らの心がとても落ち着くという姿を目の当たりにするようになりました。それから、森のもつ癒しの力に興味をもち始めて、7年務めた教師を退職する決心をし、信州大学の大学院に入り直して、森林療法の研究を始めたのです。

―ドイツの森林保養地で、クナイプ療法を学ばれたと聞いていますが、その頃のことですか。

上原 教職を辞めて大学院に入ったのだから、しっかり勉強しなければと考えていた時、『森の不思議』という本に出合ったのです。そこで紹介されていたドイツのバート・ウェーリスホーフェンで行われているクナイプ療法に興味を持ち、大学院一年目の1995年の夏、教師の退職金をはたいて、ドイツに行きました。

 クナイプ療法というのは、19世紀後半、カトリック司祭だったセバスチャン・クナイプによって提唱された自然療法で、温・冷水浴を使った「水療法」を中心に、森林散策などによる「運動療法」、栄養バランスのとれた食事をとる「食物療法」、アロマセラピーによる「植物療法」、心身や自然との調和をはかる「調和療法」の五つの療法から成り立っています。そうしたことをドイツで学び、その後、岐阜大学大学院でも研究を続け、1999年頃から、日本で森林療法の活動を始めました。

森林環境を利用して行う森林療法

―そもそも、森林療法とはどのようなものなのでしょうか。

上原 森林療法とは、疾病治療や健康増進、あるいは生活習慣病の予防や気分の改善、心身のリハビリテーションなどを目的に、森林環境を利用することを言います。よく聞く「森林浴」は、森林を散策して森の空気を吸うことで、ストレスの緩和や疲労回復などをはかるものですが、これも森林療法の一つと言えますね。特に雄大な森や鎮守の杜などでなくても、身近にある森林に出かけ、森の道を歩き、木漏れ日の射す静かな場所で佇み、切り株に座ったりして、その環境に心身を委ね、日頃の生活や自分自身を振り返る。それによって自己の生命力、自己治癒力が回復します。

 もしそこが荒廃した森林であれば、自らの体を動かして森林を手入れし、森林の健康も回復させる。そうした作業自体が、心身のリハビリテーションの一つである作業療法になるのです。

―とかく人は自分のことだけを考えがちですが、人だけでなく、森林の健康も回復させるということが重要なことなのですね。私ども生長の家でも、森林保全活動に力を入れておりますのでよく分かります。

上原 日本の森林は整備されていない所が多いので、森林を整備することで、人も森も健康を回復させるというのが、私たちが進めている森林療法の理想です。

左:障害者の方々と一緒に、地域の放置林を手入れする活動の様子/右:森の中でのリラクセーション。木を見上げながら寝そべって静かに過ごす(どちらも写真は上原さん提供)

左:障害者の方々と一緒に、地域の放置林を手入れする活動の様子/右:森の中でのリラクセーション。木を見上げながら寝そべって静かに過ごす(どちらも写真は上原さん提供)

森林療法の方法とその効用

―森林療法には、具体的にどんな方法があるのですか。

上原 ❶森を歩く―森林浴・森林レクリエーション的な内容 ❷リハビリテーション的な内容 ❸心理・カウンセリング的な内容 ❹保育・教育的な内容の四つに分けられます。森林療法は、複数の領域と療法が組み合わさったセラピーです。❶には、森林浴をはじめネイチャーゲーム、アスレチックなども含まれ、森林の中で遊び、楽しみながら心身を健やかにするものがあります。❷は、ヨーロッパなどにおける「地形療法」と言われるものです。森林内の天然のアップ・ダウンを活かし、医療リハビリテーションの一形態として取り入れられているもの。❸は、森林内での一対一のカウンセリング、グループでのカウンセリング、一人で森の中に入って自己を内観するセルフカウンセリングの三種で、いずれも森林内を歩きながら、ベンチやあずまや、木の切り株、林床に腰を下ろして森林の風景や樹木などを眺めながら行います。❹は、森林環境を園舎や園庭に見立てた森の幼稚園などが代表例で、園児が毎日自然の中に入って活動するというものですね。

東京・町田市郊外で行った森林ワークショップの後には、図のように「緊張と興奮」「疲労感」「抑うつ感」が相当減少し、逆に「爽快感」は大幅に増加するという結果が得られ、軽井沢の森と共通したリフレッシュ効果が得られた。 上原巌著『森林療法のすすめ』(コモンズ)より

東京・町田市郊外で行った森林ワークショップの後には、図のように「緊張と興奮」「疲労感」「抑うつ感」が相当減少し、逆に「爽快感」は大幅に増加するという結果が得られ、軽井沢の森と共通したリフレッシュ効果が得られた。
上原巌著『森林療法のすすめ』(コモンズ)より



―森林療法の効用とは、どのようなものなのでしょう?

上原 森林は、樹々や植物、鳥、昆虫、小動物など多様な生命によって作られた空間であり、時間の流れがゆっくりしていて、季節の変化もあります。こうした静穏な環境に身を置くことで、気分転換ができ、心が落ち着いて、緊張感、不安感、抑鬱感、疲労感が緩和し、爽快感、活気が高まることが期待できます。実際には、うまく会話できなかった認知症の方が話せるようになったり、認知症に伴う障害行動が減って穏やかになったり、多動行動(いつでもせわしなく動く)、異食行動(食べられないものを口に入れる)などの異常行動が見られる重度の知的障害者の症状が、4分の1くらいにまで軽減したという例もあります。

 なぜそうなるのかという科学的根拠や臨床的なデータは、今のところはまだ不足していますが、さらなる研究が期待されています。

―そういうお話を伺いますと、人間には本来のそういう治癒力があって、それを森の樹々などによって引き出してもらっているということがよく分かります。また、生長の家国際本部が山梨県北杜市八ヶ岳南麓の“森の中のオフィスに移転したことに伴い、私どもも自然に囲まれて仕事をし、生活するようになって心が豊かになったことを実感しています。(つづきは紙版で、ご覧下さい)