永井 暁さん(ながい・あかつき)。山梨県北杜市 取材/多田茂樹 写真/遠藤昭彦 永井さんが物づくりの作業場として使っている寮のベランダは、妻の真知子さんとの楽しい語らいの場でもある。右手にある階段も永井さんが作ったもの。

永井 暁さん(ながい・あかつき)。山梨県北杜市 取材/多田茂樹 写真/遠藤昭彦
永井さんが物づくりの作業場として使っている寮のベランダは、妻の真知子さんとの楽しい語らいの場でもある。右手にある階段も永井さんが作ったもの。

 

作りたいのは生活の役に立つ物

 七月のある日、生長の家国際本部“森の中のオフィス”(山梨県北杜市〈ほくとし〉)から少し離れた所にある生長の家メディアセンターを訪ねると、同センターに勤務する永井暁さんが出迎えてくれた。永井さんは、余った木などを使い、日常生活に役立つ物を手作りしている。

 まず目についたのは、薪ストーブの焚(た)き付けを入れる箱(=右下写真)。メディアセンターでは、冬期の暖房として薪ストーブを使っており、薪に火をつける木っ端などが欠かせない。そのため、小淵沢町の職員寮に住む永井さんは、寮を建てる際に余った木切れを利用して、この箱を作ったという。

「余り木を使っているので、寸法が足りないところが出てきたりするんですが、そこは、わざと段違いに継ぎ接ぎにしました。既製品にはない、面白いデザインになったのではないかと思います(笑)」

 さらに、同センター内の書類棚には、封筒などを分類して保管する木製の収納棚と、蛍光ペンや糊など事務用品を保管・整理する棚があり、いずれも永井さんの手づくりだという。

「オフィスの書類棚は木製なのに、そこに収める収納棚がプラスチック製というのはどうなのかなと思い、手作りしてみました。敢(あ)えて塗料も塗っていないので、木の優しい質感が出たと思いますし、鉛筆で引いた線の跡が残っていたりするのも、ご愛嬌(あいきょう)かなと……(笑)」

 他にもオフィスでは、給湯室のシンクの下の整理棚、小さな木のブロックに切れ目を入れたスマートフォンスタンド、A4サイズの書類を整理できるケースなど、永井さんの作品が活躍している。

「基本的に、私が作りたいのは『生活の役に立つ物』なんです。ですから、自分が日常生活で欲しい、使いたいという物を作っています。イベントなどに出品して売れ残っても、元々自分が使いたい物ですから、戻ってくるのもまた楽しいんです」

 妻の真知子さんは、そんな永井さんについてこう話す。

「生活に必要な物を手作りする主人を見ていると、『表現できることがあって、いいな』と純粋に思いますね。近くの製材所から出た木切れを材料に使っているので、地元の活性化にもなるし、とても嬉しいことです」

物づくりは父から信仰は母から受け継いで

 永井さんの出身地は、狸の焼き物で有名な滋賀県の信楽町。平城京の造営に木材を供給したといわれるほど、昔から良質材の産地として知られている。そんな豊かな森と川に恵まれて育った永井さんが「物づくり」に興味を抱くようになったのは、父親、彰さんの影響が大きい。

「父は、国立療養所の医師でしたが、日曜大工と地域の奉仕活動が大好きな人です。雪が降った冬の朝など、父は手作りの雪かきを持って、通学路の雪かきをしていました。私も父に子供用の小さな雪かきを作ってもらって、一緒にやったものです。家の物置には要らなくなった板が保管されていて、街路の側溝の蓋が腐って、人がドブにはまったりしないようにと、父は半年に一度ぐらい、新しい蓋に作り替えていました。こうした姿を見て見様見真似で、私も小さい頃からいろんな物を作るようになりました」

 生長の家の教えを伝えられたのは、そんな彰さんを支えていた母親、冨美さんからで、物心が着く頃には、生長の家の信仰に触れていたという。

「宇治別格本山(*1)が近かったので、子どもの頃から、母に付いて練成会(*2)などに行っていました。『人間は神の子で、無限の力がある』という教えがとても新鮮で、心に響いた記憶があります。人に喜んでもらう奉仕の精神と物づくりは父から、信仰の喜びは母から教えてもらったと思います」

クラフト倶楽部に所属して物づくりを楽しむ

 最近まで一人で物づくりを楽しんでいた永井さんだが、生長の家国際本部にできた「SNI(*3)クラフト倶楽部」に所属したことから、物づくりへの新しい目が開かれた。同倶楽部メンバーの作品は、生長の家の書籍などを頒布するためのショップで常設展示販売されているほか、昨年(平成26年)秋に開かれた「自然の恵みフェスタ」でも販売され、好評を博した。

「この倶楽部に入れていただいたことで、以前とは違い、人に使っていただくためには、真心込めてきれいに、使いやすく作らなければと思うようになりました」

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 永井さんが、滋賀県教化部(*4)職員から生長の家本部職員に転じたのは、平成17年。当時、東京・原宿にあった生長の家本部に通うようになったが、当初は、都会の喧噪になじめず、通勤に苦痛を感じていたという。ところが、ある日、駅の階段を上っている時、こんなことがあった。

「駅の階段の一段一段は、人間の足が上りやすい高さに作られているんだ、ということに気づき、なんてありがたいんだと思ったんです。そうすると、雨天時などに足が滑らないように階段のふちに刻まれた溝も、本当にありがたいと思えて、感謝の気持ちが湧いてきました。それから通勤が苦でなくなり、その時の思いが、私の物づくりの原点になっています」

作品を通してお役に立つのが喜び

 物づくりの材料となる木でも、その木を植え、育ててくれた人がいる。伐採、製材し、運び、家を建ててくれた人がいる。そして、家を建てた後に残った木切れを、廃棄物として焼却するのではなく、無料で分けてくれる業者がいる。そのすべてに「ありがたい」という気持ちが湧いてくると話す。

「よく『廃材』という言葉が使われますが、私は『木っ端』という言葉を使いたい。『木の端くれ』ということですが、たとえ小さな端くれでも命がある―そう考えると本当に愛おしくて、大切にしないではいられません」

 木っ端を使い、考えに考えて作った物に、やすりをかけ、柿渋などの自然素材の塗料を塗り、乾かして綺麗な作品にする。

「作品をショップに送り出す時って、結構寂しいんですよ。いい具合にできたものほど、自分の手元に残したい。でもその反面、人に使って喜んでもらいたい。お役に立てれば、うれしいですね」

 それだけに、他の人の作った作品を見ても、その人の愛念をしみじみと感じると永井さんは言う。

「美しく、使い心地のよさそうな物を見つけると、自分も作りたいと思って、触ったり、匂いをかいだり、裏返したりして、見とれてしまいます。作った人の愛念というのは、さらに遡(さかのぼ)れば、“神様の愛”ということだと思いますから、物は大切に使いたいし、私もそんな愛念を表現できる作品を作りたいですね」

永井さんの作品(手前)は、“森の中のオフィス”のショップ「本とクラフト こもれび」で販売されている

永井さんの作品(手前)は、“森の中のオフィス”のショップ「本とクラフト こもれび」で販売されている

*1 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある。
*2 合宿形式で生長の家の教えを学び、実践するつどい。
*3 SEICHO-NO-IEの略称。
*4 生長の家の布教・伝道の拠点。