新井公子(あらいきみこ)さん│66歳│山口県岩国市 取材/佐柄全一 写真/堀 隆弘 書道教室で教え続けてきた新井さん。「そろそろ自分の書と向き合う時ですね」

新井公子(あらいきみこ)さん│66歳│山口県岩国市 取材/佐柄全一 写真/堀 隆弘
書道教室で教え続けてきた新井さん。「そろそろ自分の書と向き合う時ですね」

 山口県岩国市で書道教室「翠(みどり)塾」を開いている新井公子さんは、「これをご覧ください」と言って、古びた一幅(いっぷく)の書を見せてくれた。

 それは、条幅紙(じょうふくし:縦約136センチ、幅70センチ)に墨書(ぼくしょ)された「松竹梅(しょうちくばい)」という隷書(れいしょ)の文字。一見、堅苦しい印象を受けるが、よく見ると大らかで素直な心根(こころね)が伝わってくる。

「小学5年生の時、書道教室の先生に言われるまま夢中で書き、東京の展覧会で賞をいただいた作品なんです。書における私の出発点となった作品で、見る度に、書かせてくださった先生への感謝の思いが湧いてきます」

「松竹梅」は、小学5年の時、全国公募展で入選した作品

「松竹梅」は、小学5年の時、全国公募展で入選した作品

 書道を始めたのは、小学校に入ってすぐだった。左利きを矯正(きょうせい)するため、母親から書道教室に通うよう勧められた。

「最初はうまくいかず、劣等感から引っ込み思案になりましたが、練習を重ね、いろんな賞をもらうようになって活発な性格になり、6年生の時には児童会長にも選ばれました。今の私があるのも書道のお陰です」

 中学から高校までは、バスケットボール部で活躍。一方で、東京の短大に進学後も書道を学び続け、師範の資格を取得した。尊敬する書道の恩師に倣(なら)って、「将来は子供に書道を教えたい」という夢を描くようになった。

 22歳の時、商社マンの夫と結婚。4年後、夫が両親の面倒を看(み)るため帰省し、岩国市でギフト専門の会社を設立したため、その手伝いと、一男二女の子育てとも相まって、夢の実現は難しくなったかに思えた。

 だが、そんな時、後押ししてくれたのが、生長の家の教えだった。夫の両親から教えを伝えられていた新井さんは、ある体験を聞いて心を揺さぶられた。それは、孫から英語の問題を聞かれ、答えられなかった60歳の女性が一念発起(いちねんほっき)。独学で英語と数学を勉強し、65歳で学習塾を開いたというものだった。

「『神の子・無限力』の教えを実践した体験に感動し、私も夢を実現しようと決めたんです」

 夫を説得し、3年後、38歳の時に書道教室を開いた。最初は近所の子供たちに教える程度だったが、家事も仕事もこなしながら励むうちに、60人近い生徒を数えるまでに発展した。今は、白鳩会(*)活動と書道教室を車の両輪のようにして毎日を送っている。

 書道教室の生徒に対しては、礼儀の徹底と墨(すみ)を摩(す)る時は、「ありがとうございます」と両親への感謝の言葉を唱えることも勧めているという。

「100歳になる実家の母も、週に1回教室に来て書道を学んでくれています。添削ばかりしていた私ですが、これからは、賞をいただいた小学5年生の頃の初心に還って、書道に向き合いたいと思っています」

岩国市の名所「錦帯橋」で。新井さんの実家は、この近くで造り酒屋を営んでいる

岩国市の名所「錦帯橋」で。新井さんの実家は、この近くで造り酒屋を営んでいる

*=生長の家の女性の組織