大島さん│75歳│鹿児島県喜界町 「織物を始めたのは65歳からですが、何事も遅すぎるということはないんですね」と、手慣れた様子で織機を動かす大島さん 取材/久門遥香(本誌) 写真/堀 隆弘

大島順子(おおしま・じゅんこ)さん│75歳│鹿児島県喜界町
「織物を始めたのは65歳からですが、何事も遅すぎるということはないんですね」と、手慣れた様子で織機を動かす大島さん
取材/久門遥香(本誌) 写真/堀 隆弘

 鹿児島市から南へ約380キロ、東シナ海と太平洋の境目に浮かぶ喜界島(きかいじま)。大島順子さんは、奄美大島の隣にあるこの小さな島で、「喜界島草木染工房」を構え、島の植物を使った草木染めの生地(きじ)を制作している。

 工房を訪ねると、防風林に用いられる「フクギ」の葉がついた枝を煮出(にだ)して漉(こ)し、染料(せんりょう)を作っている最中だった。緑色の元の姿からは想像もつかない、鮮やかな黄色の染料が出来上がり、これを使って糸を染(そ)め、着物などの生地を作る。

右:大きな鍋でフクギを煮出し、黄色の染料を取り出す/左:フクギの黄色の染料で染めた手ぬぐい。「染めに適した植物を探すため、島中のあらゆる植物で試してきました」

右:大きな鍋でフクギを煮出し、黄色の染料を取り出す/左:フクギの黄色の染料で染めた手ぬぐい。「染めに適した植物を探すため、島中のあらゆる植物で試してきました」

「天然の素材を使った草木染めは、化学染料に比べて手間暇(てまひま)がかかり、思った通りの色を出すのが難しいこともありますが、奥行きのある独特の色合い、風合いは、草木染めでしか出せません」

 染色(せんしょく)を始めたのは、平成9年、55歳の時。当時、大阪に住み、広告やポスターなどをデザインする会社で働いていたが、前から興味を持っていた染色の技術を学んで、退職後に生かしたいと思うようになった。仕事の傍(かたわ)ら、1年間、京都の老舗(しにせ)織物メーカーが開く学校に通って学んだ。

「もともと、色彩に関わる仕事が大好きでしたから、さまざまな色を作り出せる染色に惹(ひ)かれ、いずれ自分で染料を作り、それで生地を染めてみたいと思ったんです」

 平成14年、定年退職を機に喜界島に帰郷し、「島の自然を生かした、草木染めによる生地を作りたい」と自宅に工房を開き、本格的に染色に取り組むようになった。当初は染料を作り、生地の染色だけを行っていたが、制作の幅を広げるため、10年前に機織(はたお)りの技術を習い、現在は、自ら糸を染め、生地も作っている。

「生地の色やデザインをどうするか考えて糸を染め、織りの工程を経て、一反(いったん)の生地が完成するまでにはかなりの労力を要します。その分、仕上がった時の喜びは格別なものがありますね」

織った生地は、財布やがま口などに仕立てられる

織った生地は、財布やがま口などに仕立てられる

 生長の家の教えには、昭和41年、結核を患(わずら)って入院した際、親戚(しんせき)から送られた『生長の家(*1)』を読んで触れた。

「『人間は神の子で、本来病はない』との教えに励まされ、1年半の療養生活を乗り越えることができました」

 大島さんは、毎朝の神想観(*2)を日課とし、静かに神様と向き合うことで心が整い、制作のアイデアが生まれるという。

「草木染めは、自然からのお裾分(すそわ)けをいただき、人の手を使って、植物の奥にある美しい色を引き出す、人と自然との共同作業です。これからも、島の豊かな自然を生かして、その魅力を伝えられる生地を作り続けていきたいと思っています」

*1=生長の家の旧月刊誌。現在は、生長の家の機関誌
*2=生長の家独得の座禅的瞑想法