一枚の絵からは、そこに描かれている形象だけでなく、作者が何を思い、どう考えて生きたのかという、心の軌跡が浮かび上がってくるものです。絵が描かれたいきさつ、それにまつわる作者の人生を紹介していきます。

『大地のさざなみ』(2012年作。F6号)

『大地のさざなみ』(2012年作。F6号)

絵と文 川崎善張(かわさき・よしはる) 大分県豊後高田市在住の画家。1957年、大分県生まれ。東京造形大学卒業。白日会会員を経て、現在、生長の家芸術連盟(生芸連)会員。2002年に生光展賞。生長の家地方講師、生長の家相愛会大分教区連合会副会長。

絵と文 川崎善張(かわさき・よしはる)
大分県豊後高田市在住の画家。1957年、大分県生まれ。東京造形大学卒業。白日会会員を経て、現在、生長の家芸術連盟(生芸連)会員。2002年に生光展賞。生長の家地方講師、生長の家相愛会大分教区連合会副会長。

 今回紹介する『大地のさざなみ』は、2012年に制作したF6号のミクストメディア(*1)の絵である。

 この絵は、前月号で紹介した『虹立ち昇る(*2)』と並行して描いたもので、渋谷晴雄(*3)氏の著著『光と風を聴く』(日本教文社刊)を読み、感動さめやらぬ時の作品なのだ。

「いつも見なれている『自然』というのは本当の姿ではないこと、そして自然の内部につつまれ、自然とひとつになった自分が、それこそが本当の自分であることを発見したのでした」(同書138頁) 

 私の制作活動の中で、これほど大きな影響を与えられた言葉はなかった。私は、経験と知識と技術をこの身体(肉体人間)にまとい、子供の頃、なんにでも心ときめかせた“びっくりする心”を、“常識”という“霧”の向こうに置き忘れてしまっていたのである。

 その結果、肉眼で見る表面的な凹凸(でこぼこ)、構図、動き、色の対比を頭の中で構築し、常識的にあり得ないものを排除していくことで、一見上手に見えるが、何を表現したいのかよくわからない絵になっていた。排除したものこそが、実は表現すべきイメージの源泉であって、それが、“びっくりする心”であり、一番大切なものだったとは……。以前、大学の恩師から「あまり難しく考えるな!」と助言されたことは、まさにこのことだったと、今更(いまさら)ながらに思った。

 それからは、常識にとらわれず、心が感じたイメージを素直な心で信じ切り、描くことで私を表現でき、天分の個性が絵に顕(あらわ)れて来ると信じるようになった。時には、稚拙(ちせつ)な表現だったり、時には精緻精密(せいちせつみつ)な表現だったりするが、それこそ常に新しい“今の私”であることを、絵が教えてくれている。

『大地のさざなみ』は、庭に咲く草花の何気ない日常の光景だ。光と風の中で、そのものたちは会話するようにチラチラと光り、そしてゆらめき、一つになっている。私は蟻(あり)になった気持ちでこの会話に参加し、空高くうごめくものたちと“この今”を過ごした。その時の思いが、この絵には込められている。

何にでも不思議を感じ、感情移入できた子供の心を、いつまでも持ち続けたいと思う。

*1=複数の異なった素材や技法を用いること 
*2=本誌No.81(平成28年12月号)
*3=故人。元生長の家長老、元生長の家本部講師