村井龍彦(むらいたつひこ)さん│59歳│静岡県島田市  取材/磯部和寛 写真/近藤陽介 「産業革命以降、失われていった植物繊維の技術、手織りの文化がさまざまな形で残っている日本は、世界的にも稀有な存在です」と語る。

村井龍彦(むらいたつひこ)さん│59歳│静岡県島田市 
取材/磯部和寛 写真/近藤陽介
「産業革命以降、失われていった植物繊維の技術、手織りの文化がさまざまな形で残っている日本は、世界的にも稀有な存在です」と語る。

 経糸(たていと)を上下に開くための、「綜絖(そうこう)」と呼ばれる二つの部品に、交互に張り巡らした糸。その間を、舟形の「杼(ひ)」が軽快に滑り、緯糸(よこいと)となる葛糸(くずいと)が通っていく。

 織機の踏み板を離し、杼を通すために開いていた綜絖が、パタンと小気味良い音を立てて閉まると、作務衣姿の村井龍彦さんは、力の抜けた自然な手つきで緯糸を寄せる。これを繰り返しながら、少しずつ葛布を織り上げていく。

上:昔は、貴族や武士に愛用されていた葛布。そのみやびやかな美しさを発信していきたいと、「大井川葛布」を立ち上げた/下:綿の経糸に、緯糸となる葛糸を、筬(おさ)を使って打ち込む

上:昔は、貴族や武士に愛用されていた葛布。そのみやびやかな美しさを発信していきたいと、「大井川葛布」を立ち上げた/下:綿の経糸に、緯糸となる葛糸を、筬(おさ)を使って打ち込む

 村井さんは、日本三大原始布(*1)と言われる自然布の魅力を伝えたいと、大井川のほとりで採れる葛の蔓(つる)を使い、葛布を織り続けている。

「この工房にある木製の織機は、一番新しいのでも50年前のものです。以前、金属部品を使って新しい織機を作ったことがありましたが、木特有のたわみがないと織っていてもすぐに疲れてしまうので、使わなくなりました。伝統の中には、長年培(つちか)われてきた知恵があるんですね」

 住宅の内装材として葛布を扱っていた父親、博さんの会社を受け継いだのは、博さんが亡くなった平成7年。江戸時代、遠州地方の一大産業だった葛布の再興を目指して、「大井川葛布」というブランドを立ち上げ、自らも葛布づくりに着手した。夫婦で一から機織(はたお)りのノウハウを学び、古い文献を読んで織物、染色の研究を始めると、そこにある秘められた力に気づいた。

「産業革命によって近代化が進んだことで、忘れ去られてしまった古人の知恵がたくさんあることに驚きました。例えば、葛布には抗菌作用があって、体を拭(ふ)くと肌がスベスベになるなど、自然素材の染料や植物繊維には“癒(いや)す力”があり、古代中国では『衣は着る薬』と考えられていたんですね。日本でも、葛布などの天然繊維は神事に用いられていて、昔の人は、神のいのちを受けるためのアンテナとして、自然布を捉(とら)えていたんじゃないかと思います」

 生長の家の教えは、博さんから伝えられたが、真剣に行じ始めたのは、平成5年、博さんが脊髄(さきずい)の病に倒れた時。懸命に聖経(*2)を読み、先祖供養をして回復を祈ると、「本来病なし」の教えが実感され、博さんの病も癒(い)えた。

 2年後、博さんは亡くなったが、「この2年は、神様からいただいたいのちを生かせてもらった」と感謝していたという。

大井川のほとりで、葛糸の原料となる葛の蔓を採る

大井川のほとりで、葛糸の原料となる葛の蔓を採る

「食の大切さが叫ばれ出したように、これからは『衣』の分野でも、自然素材の体に良いものを選ぼうという時代が来ると思います。そのためにも、葛布などの自然布のよさ、伝統的手仕事の文化を伝えていかなければなりません。私が開いている葛布のワークショップには、若い参加者が増え、とても頼もしく思っているんですよ」

*1=葛布のほかに、沖縄の芭蕉布、山形、新潟の科布(しなふ)がある
*2=生長の家のお経の総称