阿弥陀如来(あみだにょらい)、薬師如来(やくしにょらい)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)……。信仰の対象として崇められ、人の心を癒やし、魅了してきた仏像。その仏像を彫る人は何を思い、何を伝えんがために仏を彫り出すのか。その“心の軌跡”を紹介していきたい。

昭和63年に制作したミニ阿弥陀如来像。右の仏手が欠けており、30年の歳月がしのばれる

昭和63年に制作したミニ阿弥陀如来像。右の仏手が欠けており、30年の歳月がしのばれる

松村智麿(まつむら・ともまろ) 1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局長。生長の家地方講師。

松村智麿(まつむら・ともまろ)
1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局長。生長の家地方講師。

 今から30年前、初めて阿弥陀如来像を彫り参(まい)らせた時の話である。

 ちょうどその頃、普段からあまり手を合わすことを好まなかった父が、毎朝、東に面した台所の窓から朝日を拝し、合掌して黙念(もくねん)し出した。朝日を拝(おが)んでいる時、どんな気持ちなのか尋(たず)ねてみると、こんな答えが返ってきた。

「太陽の光を顔いっぱいに受けて祈るのはええが、光があまりに大きすぎて、祈る気持ちをどこに向けたらいいのか分からへん」

 それはつまり、祈りの気持ちを向ける対象物が要(い)るということかと思った私は、「それなら、仏像を窓の枠(わく)に置いてみたらどう?」と聞くと、「光を遮(さえぎ)らんぐらいの大きさのものやったらかまわへん」とのこと。そこで思いついたのが、背から明るい光を全身に放ち、すべてのものを極楽浄土(ごくらくじょうど)に導くと言われる阿弥陀如来像を彫ることだった。inoti100_hotoke_2

 しかし、彫るといっても、約5センチ幅の窓枠に蓮台(れんだい)を置き、その上に立つミニ阿弥陀如来像である。光を遮らない、目立たない像にしなくてはならないので、ほとんどの仏像にある光背(こうはい)も省略した。

 ただ仏像の輝きは、光背があってこそ引き立ち、ありがたさや拝する気持ちが出てくる。そのため、光背の代わりに、像の背を東に向け、朝日が昇ってくるにしたがい、阿弥陀如来像の背から太陽の光が放たれ、その光が阿弥陀如来の光背代わりとなるように彫った。

 それから父は、朝日を拝したい時には光を顔に受け、物事の成就(じょうじゅ)などを祈りたい時には、窓枠で後光を放つ阿弥陀如来を拝むようになった。

 祈りやすくなっただけでなく、「自分のために祈るだけでなく、人のために祈りたい思いも出てきた」と言う父を見るにつけ、「四苦八苦(しくはっく)しながらも、小さい阿弥陀如来を彫り参らせてよかった」と嬉(うれ)しくなったのを覚えている。

 この阿弥陀如来像は、長年、台所の窓枠に設置していたため外気に触れ、台所での調理時に発生する熱を受けたことで木痩(きや)せして乾燥が生じ、仏手(ぶっしゅ)が欠損している。しかし父は、86歳になった今も、30年間の来(こ)し方(かた)が詰まる、古びた阿弥陀如来像を拝み続けている。