一枚の絵からは、そこに描かれている形象だけでなく、作者が何を思い、どう考えて生きたのかという、心の軌跡が浮かび上がってくるものです。絵が描かれたいきさつ、それにまつわる作者の人生を紹介していきます。(絵と文 川崎善張)

『EDEN』(2011年作。F10号)

『EDEN』(2011年作。F10号)

絵と文 川崎善張(かわさき・よしはる) 大分県豊後高田市在住の画家。1957年、大分県生まれ。東京造形大学卒業。白日会会員を経て、現在、生長の家芸術連盟(生芸連)会員。2002年に生光展賞。生長の家地方講師、生長の家相愛会大分教区連合会副会長。

絵と文 川崎善張(かわさき・よしはる)
大分県豊後高田市在住の画家。1957年、大分県生まれ。東京造形大学卒業。白日会会員を経て、現在、生長の家芸術連盟(生芸連)会員。2002年に生光展賞。生長の家地方講師、生長の家相愛会大分教区連合会副会長。

『EDEN』は、先月号で紹介した『虹』の後、2011年秋に制作したF10号、ミクストメディアの作品である。ミクストメディアとは、複数の異なった素材や技法を用いることで、この絵は、アクリル、水彩、テンペラ絵の具を一枚の絵の中で使い分けている。

『虹』を描いているとき、材料、技法に対するこだわりが消え、表現することが楽しく感じられるようになった。一つ一つ違う姿で現れている「いのちのエネルギー」を適切に表現できる技法、材料を自然に使い分けている自分を明確に意識できるようになってきていた。

 技法、技術への執着(しゅうちゃく)を放ち去ることで、心の奥底の潜在意識と、表面の顕在意識が調和した関係になり、目に見える形として作品に現れてきていると感じられるようになったのである。

 私の中で何かが変わってきている、そんな予感があった。そして、それが嬉しく感じられて仕方がなかった。一筆一筆描くことが「新生」の喜びとなって制作されたのが、『EDEN』だった。

 雲に肘(ひじ)を付いて、遠く何かを見つめる人。オレンジ色の髪(神)は、地上に楽園を創造するかのように虹を放っている。右手の人差し指が指し示すその先には、どんな世界があるのだろうか。

 今思うと、この絵には「絵を観る一人ひとりに、楽園をイメージしてもらいたい」という思いがこもっているような気がする。

 こうして文章を書いていて気づいたことがある。なぜ私は、楽園のイメージを絵として表現したのだろうか。『さんさん(*)』以降から、スケッチブックにエスキース(スケッチ)することがほとんどなくなり、カンバスにダイレクトに描くようになったのは、なぜなのかということだ。

 5年経った今、分かることと言えば、身の回りで起こるさまざまな出来事にあれこれと頭を巡らせず、心が感じた想いをただ素直に表現したい──そんな願いに従って描いた結果だったということである。

 その意味で、この『EDEN』は、私の心にも楽園を創造してくれた絵だったのではないかと感じている。

*=本誌No.78(9月号)参照