熊谷正一郎(くまがい・しょういちろう)さん│78歳│宮城県栗原市 取材/多田茂樹 写真/近藤陽介 熊谷さんと妻の澄子さん。畑で実った大麦を手に

熊谷正一郎(くまがい・しょういちろう)さん│78歳│宮城県栗原市
取材/多田茂樹 写真/近藤陽介
熊谷さんと妻の澄子さん。畑で実った大麦を手に

 5月半ば、熊谷正一郎さん宅を訪ねると、900坪の広い敷地の3分の1を占める庭に、ツツジ、アヤメなどの花々が色鮮やかに咲いていた。その中で、若葉を繁らせた、太いカツラの木が目を引いた。

「カツラは、ここが高清水町(たかしみずまち)だった頃の町木(ちょうぼく)で、私が町議会議員を務めていた頃に植樹祭でいただいたものです。40年以上、わが家の歴史を見守ってくれている木です」

 そう語る熊谷さんは、妻の澄子(すみこ)さんと共に、毎日、午前6時から7時、庭に出て花の手入れに勤しんでいる。愛情が込められた庭には、さまざまな花が咲く。春はスイセン、マーガレット、夏はアオイ、カンナ、秋はキク、コスモス……。

上:赤と黄色の取り合わせが華やかなジャーマンアイリス/下:紫が目にまぶしい2輪の菖蒲

上:赤と黄色の取り合わせが華やかなジャーマンアイリス/下:紫が目にまぶしい2輪の菖蒲

「いろんな人がこの庭を見にやってきます。庭の東屋(あずまや)で、皆さんとお茶を飲みながら花を眺めるのが、至福の時間です。皆さんが喜んでくれるのが嬉しくて花を育てています」

 昭和46年から4期16年にわたって、高清水町の町会議員を務めた熊谷さんは町の名士。今もライオンズクラブ、ボランティア協議会などの地元の役を引き受けている。その忙しい日々の合間を縫い、庭の手入れだけでなく、2日に一度は、家から約1キロの所にある自所有の畑(300坪)に行き、大麦、小麦、カボチャ、サトイモ、ジャガイモなどの野菜を無農薬で育てている。

「春に麦踏みをすると、子どもの頃、家族と一緒に麦踏みをしたことを懐かしく思い出します」 

 生長の家の教えには、澄子さんを通して触れた。平成7年、当時25歳だった長女が甲状腺の病気から精神的に不安になった時、知人から『白鳩』(*1)をもらって読んだ澄子さんは、「人間・神の子。本来病なし」の教えに感動。誌友会(*2)などに参加して教えを学び、先祖供養、神想観(*3)を通して長女の実相(*4)を祈るうちに、程なくして長女の病が癒えた。

「その姿を見て、私も信仰の道に入り、平成15年には、夫婦で地方講師(*5)になりました。私は今も、月1回ほど誌友会に出講しています」 

 家にじっとしている暇もない熊谷さんだが、「大変だと思ったことは一度もない」と語る。

「無心で花や野菜を手入れしていると、自分でも不思議なんですが、言葉にできない一体感が生まれてくるのに気づくんですね。間違って野菜の実や花をもいでしまった時など、思わず『ごめんね』という言葉が口をついて出てしまうんです。いろんな役を引き受けているのも、生長の家で、人のために尽くすことの大切さを教えられているからで、何をする時も、『させていただいてありがとうございます』という気持ちで行っています」

 澄子さんと顔を見合わせて笑った熊谷さんは、温かく穏やかだった。

*1=本誌の姉妹誌
*2=生長の家の教えを学ぶ小集会
*3=生長の家独得の座禅的瞑想法
*4=神が創られたままの本当のすがた
*5=生長の家の教えを居住地で伝えるボランティアの講師