中倉富子 長崎市在住。2006年11月に25歳で結婚。小学校4年生、2年生、5歳の3児の母。リハビリの仕事と家事、育児に奮闘中。美味しいものを作るのと食べるのが大好き。生長の家の教区青年会役員は14年目。長崎南部教区光明実践委員。

中倉富子
長崎市在住。2006年11月に25歳で結婚。小学校4年生、2年生、5歳の3児の母。リハビリの仕事と家事、育児に奮闘中。美味しいものを作るのと食べるのが大好き。生長の家の教区青年会役員は14年目。長崎南部教区光明実践委員。

 彼と付き合って2年が過ぎ、24歳になった私は、自分の人生設計を思い出しました。

 若い時に子どもを産もうと決めていて、「24歳で結婚し、25歳で子どもを産む。子どもは3〜4人!」という計画でした。そうなると、もう時間がありません。そのことに気がついた私は、彼に、

「私にはもう時間がないから、結婚してくれないのであれば、別れて他を探しますが、どうしますか?」

と思い切って言いました。彼にしてみれば青天(せいてん)の霹靂(へきれき)だったかもしれません。それからのことは、今はもうはっきりとは覚えていませんが、数日後に彼から、「結婚しようか」とプロポーズの言葉をもらいました。

 後日、彼を誌友会(*1)に誘った時のことから結婚までの体験談を、生長の家総本山(*2)で開かれた全国青年練成会(*3)で発表させていただくことになりました。

 彼と二人で壇上に上がり、彼が突然「私たちは結婚します!」と大勢の参加者の前で宣言すると、会場は笑いと喝采(かっさい)に包まれました。発表の後、参加者の方々から「すごく良かった!」「おめでとう!」「あんなに笑った体験談は初めてだった」と、たくさんの温かい言葉をいただきました。

 結婚式には、連絡を取っていなくて疎遠(そえん)になっていた彼の父親にも参列してもらうことができました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 就職前に通勤用として私が購入したファミリーカーは、今は家族の車として活躍してくれています。ちなみにこの車のナンバーは、左から読むと彼の誕生日で、右から読むと私の誕生日なのです。神様のお導きで、彼とは運命的に出会ったとしか思えません。

 母はいつからか、私の将来の旦那様(魂の半身)を聖使命会(*4)に入れてくれていました。そのおかげで早くにご縁をいただけたのだと思います。

 実は彼は、私の就職する前の年に専門学校を卒業して、別の病院に就職する予定でした。しかし、卒業試験に落ちて留年したため、私と同じ職場に就職することになりました。一方、私も大学受験に失敗し、一年浪人したため、彼と同期で就職し、出会うことができたのです。様々なお導きによってご縁をいただけたのだと思います。そのことに本当に感謝しています。

 今、主人は「生長の家を伝えてくれてありがとう」と言ってくれますし、青年会員(*5)にもなって行事に積極的に参加してくれます。周りからも、「すごく良い旦那さんだね」と言われています。私も希望どおり3人の子どもに恵まれ、幸せな日々を送っています。(了)

*1 教えを学ぶつどい
*2 長崎県西海市にある生長の家の施設。龍宮住吉本宮や練成道場などがある
*3 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*4 生長の家の運動に賛同して献資をする会
*5 12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織