小島ゆかりさん(歌人・「白鳩歌壇」選者) *聞き手 水島育子さん(生長の家本部講師・短歌結社「八雁(やかり)」同人) 本誌歌壇の選者である小島ゆかりさんは、日常の中の出来事をみずみずしい表現力で歌い、活躍してきました。それらの作品が認められ、昨年(2017)秋には紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受賞しました。その小島さんに、短歌の魅力や短歌を作る秘訣について伺いました。 小島ゆかりさんのプロフィール 1956年愛知県生まれ。早稲田大学卒業。コスモス短歌会選者。現代歌人協会理事。NHK全国短歌大会選者、短歌甲子園特別審査員など。芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章受章。歌集・歌書など多数。

小島ゆかりさん(歌人・「白鳩歌壇」選者)
*聞き手 水島育子さん(生長の家本部講師・短歌結社「八雁(やかり)」同人)
本誌歌壇の選者である小島ゆかりさんは、日常の中の出来事をみずみずしい表現力で歌い、活躍してきました。それらの作品が認められ、昨年(2017)秋には紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受賞しました。その小島さんに、短歌の魅力や短歌を作る秘訣について伺いました。

小島ゆかりさんのプロフィール
1956年愛知県生まれ。早稲田大学卒業。コスモス短歌会選者。現代歌人協会理事。NHK全国短歌大会選者、短歌甲子園特別審査員など。芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章受章。歌集・歌書など多数。

──本誌の「白鳩歌壇」では、選者をされて7年目になります。温かいご指導をいつも拝見していますが、寄せられる歌について感想をお聞かせいただけますか。

小島 もうそんなに経ったんですね。お引き受けする時には、いわゆる短歌雑誌ではないので、皆さんが短歌にどういうイメージをもっていらっしゃるのか、少し不安もありました。

 しかし、選歌や選評、そして書かせていただいている「歌の森」の中での添削や現代短歌の紹介を通じて、私がお伝えしようとしていることを、皆さんが柔軟に理解して下さって、寄せられてくる歌の内容が変わっていかれ、私も大変手応えを感じています。

 はじめは植物についての歌や、お母様が亡くなって悲しい、といった歌が多かったように思いますが、だんだんと細やかな日常を詠(よ)んだ歌、最近も仕事でミスをしてしまったこととか、あるいは、読書をしている時に感じた自分の内面の無限の広がりの不思議さとか、日常の小さなことを豊かに積極的に歌って下さるようになっています。それには選をする者として、大きな喜びを感じています。

──投稿される歌がどんどん変わっていったというのは、日常の細かいところに目がいくようになって、それを表現できるようになったと……。

小島 そうですね。おそらく皆さんも、最初はこんなことは歌にならないとか、こんなことを歌うのはつまらないんじゃないかと思ったかもしれません。何かおっかなびっくりで、手探りで投稿され始めた方もあったと思うんですが、日常のどんな小さなことでも、そのことに心が動けば、そこに豊かな世界が開け、豊かな歌になるということが伝わっているという気がします。

「白鳩歌壇」にご投稿下さる皆さんには、人生の理想のようなものを皆で共有する何かがあると思うんですね。悲しいことや辛いことを歌っても、希望の方に向かっていこうという健(すこ)やかな精神世界をもっていらっしゃるのを折々に感じています。それは私も励まされるところです。

あふれる愛の中から歌を詠む

──歌を作るようになったきっかけは何だったんですか。

siro101_rupo_2小島 大学は日本文学科だったんですが、周囲の友だちは新聞記者や作家になりたいとか、戯曲を書きたいとか、いろんな夢を持っているのに、私は何の夢も展望もなく、コンプレックスを感じてとても不安になったんです。そんな時、古書店で堀口大學の訳詩集『月下の一群』を買ったんですね。最初は詩の内容に惹かれていると思ったんですけど、繰り返し読むうちに、文語のおくゆかしい響きの美しさにも惹かれていきました。

 その頃、大学の友達同士で夏休みに東北へ旅行に行ったんですが、旅先で海に向かって叫ぼうということになって(笑)。その時に何か五七五七七で考えてみたら短歌ができて、歌を作る喜びを感じたんです。その後、大学の短歌サークルに入り、良い先輩や先生との出会いがあり、短歌との縁ができました。

──これまでの人生の中で、歌を作ることが支えになったといったご経験がありますか。

小島 そうですね、学生時代から作っていて、もう本当に長く歌を作っているので、意識しないでも歌は自分の人生と共にあるようなものなんです。誰でもそうだと思いますが、人生の中には良いことも悪いこともあるものですよね。そういう中で歌を作る時間だけは、何者でもない、肩書もない、誰の妻であるとか、誰の母であるとか、そういうこととは関係のない、たった一人の自分になれるんです。

 歌によって自分が支えられたと感じた一番大きな出来事は、実父の介護でした。ちょっと話が長くなってしまいますが、私は一人っ子で、父はもう本当に“親ばかが歩いてる”っていうくらいの人だったんです。世界中が敵になっても、父だけは私の味方になってくれるというような人でした。
 その父が60歳を過ぎた頃からうつ病になり、89歳で亡くなるまで30年ぐらいうつが続き、最後の10年間は認知症になりました。変な言い方ですけど、大好きな父が壊(こわ)れていくようで、その姿を見た時に、悲しいというよりも先に理不尽(りふじん)な怒りや悔(くや)しさのような感情が押し寄せてきて、自分をうまくコントロールできないことがありました。

 そういう中でも依頼や締め切りがあって歌を作るんですけども、歌を作ろうとしても、父のことで頭がいっぱいになるんですね。でも歌に集中していくと、そういう混乱した様々な感情がどんどん自分を突き抜けていって静かな心になり、父はどういう少年時代を過ごしたんだろうかとか、どんな恋愛をしたんだろうか、母と結婚して私が生まれてから人生でいつが一番楽しかったんだろうか、もしかしたらうつ病や認知症になって恐怖を感じているんじゃないだろうかなどと、父のいろいろなことを考えるんです。

 そして最終的には、父のことを愛(いと)おしく感じる気持ちや、父に対する感謝の気持ちだけが残ったんですね。そうすると、私の中に愛があふれてきて、はじめて父のどんな悲しい姿でも歌にできるようになったんです。siro101_rupo_3

 父はうつ病と認知症のためにこれまでの人格とは違ってしまった、子どもに還(かえ)ったようになってしまった。でも、長い人生を一所懸命に生きてきた立派な人なんだという、深い愛情から歌を作ることができたんです。

  カステラをこぼしこぼしてまどかなる黄金(きん)の空気につつまるる父 (小島ゆかり) 

 歌があったということが、すごく心の支えになってくれたと思います。

──医学の研究をするご主人をアメリカに残して、小学生と幼稚園児の2人の娘さんと共に帰国されたことをエッセイ集で読みましたが、帰国後の母娘3人の生活でも、やはり歌が支えになったのかなと思うんですが。

小島 その頃、歌が支えになったかは分かりませんが、それはもう経済的に大変で(笑)。でもその頃は、子どもが一番かわいい時期でしたから、日々の子どもとの暮らしが本当に幸せだったので、あまり深刻にならずに済んだのだと思います。

 帰国して最初は、広告会社に就職しましたが、勤めはじめて2週間のうちに娘が熱を出したりして、幼稚園や学校から呼び出されて、それで会社から「一所懸命にやってくれるのは分かるけど、2週間で2回も早退されたらちょっと困ります」と言われて、クビになったんです(笑)。その後は給食センターやクリーニング店、ガソリンスタンドなどのパートやアルバイトを掛け持ちしました。

──そんなご経験もあったんですね。

小島 クリスマスの時期には、ケーキの販売をしたこともありました。そのアルバイトは12月25日まで続けると、お給料とは別にホールケーキがもらえたんです。その頃は経済的に余裕がなくて、子どもたちが一度でいいから丸いケーキを食べてみたいって言っていたんですよ。で、子どもたちのために25日までがんばって、ケーキをもらってアパートに帰り、ピンポンってすると、子どもたちが走って出てきて、「ああ、ケーキ!」「お母さんが、丸いケーキを持って帰ってきてくれた」って本当に喜んでくれて。その幸せ感というのは、何か高価なものが買えたり、旅行に行けたりする幸せとはまた違うもので、今思えばそういう幸せは経験しないと分からないものですよね。

  子らの瞳(め)がさびしく燃ゆる雪の夜は雪よりあをいランプを灯す ( 小島ゆかり)

 いろいろなことを経験をすると、たくさんの人の歌の心が分かるようになると思うんです。悲しい人の歌とか、お金がなくて苦労している人の歌とか、介護している人の歌とか、いろんな人の歌の心に寄り添えるようになったから、良かったと思います。

今の瞬間を抱きしめる

──短歌は生老病死(しょうろうびょうし)を歌った作品が評価されることが多いように思いますが、そういうものだけではなくて、小さないのちとか、日常の中のこととかを歌われているのがすごく新鮮に感じています。

聞き手の水島育子さんの歌を添削する

聞き手の水島育子さんの歌を添削する

小島 ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです。私にはそういうものを歌いたいという気持ちがはっきりとあります。ささやかだけど、この上なく素敵な刻々(こくこく)って人生にありますよね。それこそ歌にしたいと思っているんです。

 私は一人っ子だったから、みんなで何かを一緒にやることに憧(あこが)れていました。だから部活、それも球技ばかり。小学校の時はソフトボール、中学はバスケットボール、高校ではバレーボール部に入っていました。そんな部活の休憩中に、友だちと何気ない話をしている時に吹いた風の感触を、今でも思い出すことがあります。嬉しいとか悲しいとかではなく、なんでもないけれど、かけがえのない瞬間。例えば、空の不思議や、犬の体の懐(なつ)かしさ、そういうことを歌いたいと思っています。「今この瞬間を歌の中に抱きしめていたい」という感覚ですね。

 短歌には1300年の歴史があって、素晴らしい天才たちがいっぱい良い歌を残してくれていますから、名歌ができなくたってかまわない。私は私のできることをやりたいという気持ちです。もちろん生老病死なども人生には起こってくるから歌いますけど、それよりは日常の中のささやかだけど豊かなものを歌いたいと思っています。そういうところに短歌を詠む魅力があるのだと思います。

自分の身体をくぐらせる

──初心者が歌を作る上で、おすすめの方法を教えていただけますか。

小島 俳句や短歌は自由詩と違って、型のある短い詩ですから、むしろ型の力を借りて、だれでも作ることができますよね。でも、俳句には季語や切れ(俳句の意味や内容、リズムの切れ目)が重要ですが、短歌は本当に五七五七七の型だけで、あとは自由です。特に現代短歌は何でもありなので、文語でも口語でも、旧仮名遣いでも新仮名遣いでも、少しぐらい型をはみ出したって平気です。しゃちこばらず、自由に。良い歌を作ろうと意識すると、良い歌はまずできないので(笑)。

 例えば、昨日一日を振り返って一番心に残っていることや、自分の中に映像として残っているもの、あるいは何か楽しいことがあったとか、悔しいことがあったとか、最初はそんなようなことを書き出してみるといいですね。

 それをすると、不思議と自分の気持ちと書き出した言葉との違いを感じるんですね。たとえば「素敵な人がいた」と書いてみたけど、「素敵」という表現とは違う。どう違うんだろうって、それを考えるんです。

──言葉と気持ちの違いを埋めていくということですね。

小島 「自分の身体をくぐらせる」なんてよく言いますけど、その「違うな」っていうのを粘り強く考えて、自分の身体の中から出てくる言葉やリズムにぴったりするまで書き直し、最終的に五七五七七の形にしていくんです。

 あるいは、題詠(だいえい)という方法もあります。題を決めて歌を詠むのですが、これは非常に豊かな方法で、「さあ歌を作りなさい」と言われてもなかなか思い浮かばないものです。けれども、たとえば「桜の歌を作って下さい」と言われたら、桜に意識が集中しますよね。短歌教室で、ご主人を亡くした寂しさばかり歌っていた人に、「次の題は三角定規です」って言うと、一旦ご主人から心が離れるんですよ。そして三角定規に意識が集中すると、学生時代のこととか、子育てのこととかを思い出して、また違う歌ができる。

──なるほど、言葉を手がかりにして記憶を呼び起こす……。

小島 自分の中に気づかないけど眠っているすばらしい記憶がたくさんあって、題詠をすると、それを発見することがあるんですよ。長く生きている人ほど、たくさんの記憶の財産がありますから、そこから歌が出てきますよね。

──ある程度の熟練者が、さらに上達するためには、何が必要でしょうか。

水島さんと、東京・赤坂にある「生長の家 赤坂 いのちの樹林」で

水島さんと、東京・赤坂にある「生長の家 赤坂 いのちの樹林」で

小島 ひとつは、語彙(ごい)とリズムのバラエティを増やすことだと思います。すでに作っていらっしゃる方はまとめる力がありますが、意外とそこに落とし穴があって、すぐに歌がまとまって似たような歌ばかりできてしまうんですね。それを突破するには、語彙とリズムのバラエティを増やすことです。ある程度出来上がった自分の世界を壊(こわ)すことを、恐れないでほしいと思います。

 例えば、白鳩歌壇の「歌の森」で近刊歌集から歌をご紹介していますが、これは現代短歌の最前線を知っていただくことで、こんな素材もある、こんな言葉の使い方もある、こんなリズムがある、少しぐらいはみ出したって良い歌はたくさんある、ということを知るきっかけにしていただきたいんです。

 歌を作ることと、人の歌を読むことは両輪です。自分の歌を作ることばかりを考えていてもなかなかうまくいきません。人の歌をより深く読めるようになると、自分の歌も良くなるし、自分の歌が良くなれば、人の歌も深く読めるようになるんですね。

 ぜひ、皆さんにはたくさん歌を作ってほしいと思います。私も細切(こまぎ)れの時間を積み重ねていきながら、歌を作っています。その歌を作っている時間は何ものにも替えられないぐらい楽しいんですね。もちろん歌集が評価されるとか、そういうのも嬉しくてありがたいですけど、でも、一番楽しいのは歌を作っている最中なんです。

──今日お話を伺って、ささやかな日常こそ豊かなものであり、そこには歌の題材となるものが数多くあると分かりました。ありがとうございました。