前田洋子(まえた・ひろこ)さん (84歳) 青森県八戸市 「生命学園で育った子は、皆それぞれ素晴らしいですよ」と語る前田さん 取材/多田茂樹 撮影/堀 隆弘

前田洋子(まえた・ひろこ)さん (84歳) 青森県八戸市
「生命学園で育った子は、皆それぞれ素晴らしいですよ」と語る前田さん
取材/多田茂樹 撮影/堀 隆弘

 梅雨入り前のよく晴れた日、生長の家八戸(はちのへ)道場で、青森教区の八戸生命学園が開催された。

 生命学園とは、「人間は神の子であり、子どもには、神の子としての無限の可能性が宿っている」という生長の家の教えに基づき、それを心で認め、讃嘆の言葉の力で引き出す教育法を実践する学びの場のこと。参加対象は、幼児や小学児童だ。一年単位のカリキュラムで、明るく楽しい行事が各地で運営されている。

 この日の生命学園には、7歳と5歳の兄弟が参加した。まず、生命学園の標語となっている「私は神の子、光の子、いつもニコニコ明るい子、何でもできます、強い子、良い子」という言葉を、指導にあたる生長の家の講師と一緒に元気に唱える。そして、「わが魂の底の底なる神よ、無限の力湧き出でよ」と、体全体を使って叫ぶと、兄弟の顔は喜びに輝く。それを見守る八戸生命学園の前園長、前田洋子さんの顔も思わずほころぶ。

 その後、全員で『しぜんとあそぼう なかよしかるた』(生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊)を使ったかるた取りが始まる。まだ字を読めないはずのも、どんどん絵札を取っていく。

は感性が豊かで、字が読めなくても絵でしっかりわかるんですよ」

 前田さんは、常に子どもたちに讃嘆の声をかけ、子どもたちも前田さんによく懐いている。 前田さんは、運営スタッフの白鳩会員(*1)からも慕われていることが、そんな様子から伝わってきた。

教員として「人間・神の子」の信念で、子どもたちを教育する

 前田さんは昭和10年、青森県三沢市に生まれた。生長の家は昭和5年に、谷口雅春(*2)師により『生長の家』という月刊誌が創刊されて始まったが、岩手や青森の旧南部藩領と呼ばれる地域は生長の家の信仰が早くから盛んで、伯父は地方講師(*3)を務め、実家の旅館に神想観(*4)の指導に来てくれた。

「三沢に、生長の家の道場があって信徒が大勢集まり、私も伯父に勧められて、当時の生長の家青年会女子部に入会し、教えを学んでいました」

 戦後、高校を卒業すると市役所に就職したが、若い頃から子どもの教育に関心があった前田さんは、教師になる夢が捨てきれず、一転上京して短大に入り、教員資格を取得。その後、地元で教職に就いた。

「小中高の教師を経験しました。栄養士の資格も持っていましたから、担当は保健と家庭科。一番難しかったのは小学校ですね。全教科を受け持ちますから、教えるための準備だけでも大変でした(笑)」

 昭和36年、26歳のときに、高校の一年先輩だった夫と結婚し、三沢市から現在の八戸市に移転した。

「主人は温厚な人でしたが、当時は勤め先の労働組合活動が忙しくて、夜遅くまで家に帰ってこないんです。私は受け持ちの子どもたちを『人間・神の子』の教えで育てるのが自分の使命だと思っていましたが、主人は当初、宗教活動に反対でした」

 しかしその後、夫は組合活動から離れ、常務取締役にまで昇進し、子会社の社長を72歳の定年まで務めた。

「組合活動を離れてからは、主人も生長の家の素晴らしさがわかってきて、一緒に朝、神想観(*4)をしたり、生長の家の伝道活動に参加するようになりました。自分が教えを行じていれば、身近な人にはその素晴らしさが伝わるということを実感しました」

母親や子どもたちに真理を伝えて

 結婚後も教員を続けていた前田さんは、問題を起こす生徒を見るたびに、「早いうちから生長の家の真理が伝わっていたら、こんなことにはならなかったのに」と思うことが度々あったという。平成14年に、66歳で教職を退くと、「まずは母親たちに真理を伝えなければ」との思いで、八戸市を中心に母親教室(*5)を4会場開設。さらに、翌15年には八戸生命学園を開設し、一昨年までの14年間、園長として幼児や児童たちに「人間・神の子、無限力」の教えを伝えてきた。

子どもと一緒のかるた取りも、心から楽しむ

子どもと一緒のかるた取りも、心から楽しむ

「生命学園で育った子たちは、生長の家の教えが体に染み込んでいますから、みな素晴らしいですよ。難関の国立大学に現役合格したり、施設に入っているおばあさんをお見舞いするうちに、自分も介護士として世の中のお役に立ちたいと念願して、その方面の学校に入ったりと、こちらが感動してしまうほどです。生命学園に入りたての頃は腕白で落ち着きがない子も多いですが、4年生ぐらいになるとみんな落ち着いてきて、知らず知らずのうちに神の子の自覚が出てきますね」

 前田さんは、強い信念を込めてそう語る。生命学園で育った子どもたちは、やがて社会人となり、結婚して子どもが生まれると、自分が学んだ生命学園に子どもを連れてくるようになる。

「最近はお母さんも仕事を持っていて忙しい時代になりましたから、おばあちゃんが孫を生命学園に連れてくることが多いですね。真理が次の世代に伝えられていくのは嬉しいことです」

 前田さんは八戸生命学園園長を、後進の佐々木文子さんに託しているが、いまも毎月の運営には積極的に参加している。

「ずっと生命学園を運営することができたのは、若い協力者の存在があったからで、今は若い人たちにバトンタッチしています。若い人たちは新しいセンスで教材を選んでくれて、本当に安心して任せられます」

「楽しくて、ボケている暇なんかありません」

siro115_rupo_b3 前田さんは、生命学園の運営だけでなく、自宅を提供して誌友会を開いたり、各地の誌友会(*6)にも地方講師として月に1、2回は出講し、生長の家の教えを伝えている。この日も、生命学園が終わった午後には、自宅で誌友会が開かれた。

「誌友会で真理を伝えるには、最初に皆さんの話をしっかりと聞いてあげて、讃嘆することが大切です。子育ての悩みを相談されることがあって、たとえば、学校の先生との関係がうまくいかないという場合には、『まず、先生の良いところを見つけて感謝することね』と伝えます。感謝によって解決しない問題はありませんから」

 前田さんは、生長の家の教えを押し付けたりせず、「神の子の本来の素晴らしさ」が、自ずから現れるように導くやり方を続けてきた。

「気がつけば80歳を過ぎて、去年は主人の三回忌を済ませました。大好きな生長の家の活動をしていると、本当に楽しくて、ボケている暇なんかありません(笑)。今は後継者を育てるための活動に力を入れています。いつも新しい方が何人も来ているようでないと、未来に続いていきませんからね。新しい人を育てることで、下から押し上げてもらえますから、自分の勉強にもなるんです」

 そう力強く語る前田さんの顔は、若々しく光り輝いていた。

*1 生長の家の女性の組織
*2   昭和60年昇天
*3 居住地で教え伝えるボランティアの講師
*4 生長の家独得の座禅的瞑想法
*5 生長の家の母親のための勉強会
*6 教えを学ぶ小集会