鈴木久世さん(29歳)浜松市東区

鈴木久世さん(29歳)浜松市東区

皆が幸せになれる家庭を築きたい

 鈴木久世さんが夫の秀治(ひではる)さん(32歳)と、生長の家青年会(*1)の中で出会ったのは平成20年。久世さんは当時、看護大学に通う19歳の学生だった。

「私の両親も青年会を通して知り合いました。私は覚えていなかったのですが、夫とは4歳の時に一度だけ生命学園(*2)で会ったことがあると、夫から聞かされました。年上のお兄さんに慣れてなかった私は、行事の中で夫と手をつないだ時に大泣きしてしまったそうで、それで印象に残っていたようです(笑)。不思議なご縁を感じました」

 久世さんは幼い頃から生命学園に通い、「人間・神の子」の教えに触れていたが、中学校で部活動が忙しくなると、次第に生長の家から遠ざかっていった。高校生の時、母親が先天性の脳血管疾患(しっかん)による出血で倒れ、1週間ほど意識が戻らなかったことがあり、これが教えを深く学ぶきっかけになった。

「意識が戻った後もリハビリが必要な状態でした。母は笑顔を絶やさず明るく取り組んでいましたが、私は不安からやりきれない気持ちを抱えていました。そんな時に青年会の友達に誘われて練成会(*3)に参加し、講師や友達の笑顔に触れて気分が明るくなりました。明るい心が明るい物事を引き寄せると学んでいたことを思い出し、私も母のように笑顔でいなければと思いました」

 その後は誌友会(*4)に参加し、青年会の活動にも関わるようになった。秀治さんと出会ったのもこの頃で、二人は青少年の育成を担当することになり、青少年練成会のプログラムの打ち合わせなどで、毎週のように顔を合わせるようになった。

自宅の隣にある畑で。夫の秀治さんが久世さんに指先から指先へてんとう虫を渡すと、2人は顔を見合わせて微笑んだ

自宅の隣にある畑で。夫の秀治さんが久世さんに指先から指先へてんとう虫を渡すと、2人は顔を見合わせて微笑んだ

「夫は物事をいろんな方向から考え、アイデアをたくさん出してくれました。それに話がとても上手で、周りを引っ張っていく力がすごいと感じました。夫のおかげでメンバーの雰囲気が、明るく柔らかくなっていきました」

 久世さんは大学を卒業後、大学附属病院の看護師として勤め始めた。不規則な勤務と慣れない仕事に戸惑う久世さんの話を、秀治さんはいつもそばで聞き、支えてくれた。秀治さんの明るさに惹かれ、いつしか交際が始まった。

「お互いに一人っ子だったので、結婚したら、家のお世話をしなきゃと考えていました。そんな私たちでしたから、交際するにしても結婚を前提にという思いが、お互いにありました」

 秀治さんは、久世さんの両親に挨拶した後、久世さんの母親が病気の治療中であることを祖父母が心配しているだろうから、挨拶に行って安心させてあげようと提案した。久世さんの祖父母は秀治さんを歓迎し、祖父は遠州弁を交えながら楽しそうに、久世さんの母親との思い出を話してくれた。

「『優しさにあふれた方で感動した』と夫は今も言います。それまで他人だった家族と親戚になるのは嬉しいことで、この絆(きずな)を大切にしたいと喜ぶ夫の姿を見て、結婚は二人だけのものではなく、家同士のつながりなんだと温かいものを感じました。私の家族も、夫の家族も、皆が幸せになれる家庭を築けたらいいなと思いました」

 しかし、結婚式の準備では秀治さんと意見が衝突したこともあったという。披露宴でのBGMに、久世さんはJ-POPを提案したが、秀治さんはクラシックが一般的だと思っていた。

「夫から『そんな曲でいいの?』と言われたことから口論になってしまい、とことん意見を出し合って、最終的には英語で歌ったJ-POPに落ち着きました。互いの言葉の奥にある意図を探り、理解し合ってから結論を出せたことは、二人にとってとてもいい経験になりました」

夫から学んだ楽天的な生き方

 二人は平成26年に結婚し、久世さんは秀治さんの家族と同居することになった。温かく迎えられたものの、最初の1年ほどは気苦労があったという。家事のやり方が実家とは違うことにもどかしさも感じていた。また、耳の遠い義祖母に義父が大声で話すのを見ると、いたたまれないような気持ちになった。秀治さんに相談すると、いつも「大丈夫、大丈夫、今日も元気な証拠」と、笑って返すのだった。

「まともに取り合ってくれないといえば、そうなんですが(笑)。私もあまり深刻に受け止めなくてもいいのかなって、思えるようになりました。夫から、『細かいことにクヨクヨしてもしょうがないよ、明るく受け流していこう』と教えられた気がしました」

 落ち込むことがあっても、秀治さんの明るさですぐに立ち直ることができ、秀治さんは久世さんにとって、いつも明るく物事を捉える日時計主義(*5)の生き方を教えてくれる人だという。

「ある日、私が階段から滑って尻もちをついてしまい、そのまま上段から中段くらいまで滑り落ちました。その事を夫に話したら、『それって幼稚園児が階段で遊んでいるような感じじゃん!』って笑い出し、つられて私も笑ってしまったんです。何でも楽しい話にしてしまうところはいいなって思います。ついてないと思うことがあっても、見方を変えて楽しんで笑ってしまうと生活がとても楽になります」

 また、ヤングミセスの集い(*6)では、何か決める時には、夫に「私はこう思うけど、どうかな?」と聞いてみることを教わった。以来、久世さんは秀治さんの了解を得てから行動するように心がけ、「それも夫婦の仲がいい理由の一つかな」と話す。

義祖母と。「私が笑うと、おばあちゃんも笑ってくれるので、一緒に過ごす時間がとても楽しいです」

義祖母と。「私が笑うと、おばあちゃんも笑ってくれるので、一緒に過ごす時間がとても楽しいです」

「最終的な判断は夫に任せていますが、夫は私の思っていることを聞きすぎるくらいに聞いてくれるので、安心して任せられます。私は人に合わせることが苦手だったのですが、夫のおかげで少しずつ他の人とも歩調を合わせられるようになっていきました」

 時には、義祖母を一人で家に残して外出できないことや、秀治さんの仕事が忙しく帰宅が遅いなど、二人の時間がなかなかとれず、不満に感じることもある。しかし、与えられた場所で家族が喜んでくれる生活をする方が心穏やかになり、二人の時間も心から楽しめると、久世さんは胸の内を語った。

「夫が仕事から帰ってきた後、たまに二人で夜の散歩に出かけます。ささやかですが幸せなひとときです。夫とは、60歳を過ぎても仲良く手をつないで公園でデートができるといいね、なんて話したりします。この先どんなことがあっても二人で笑って、楽しく乗り越えられたらいいですね」

*1 12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織
*2 幼児や小学児童を対象にした生長の家の学びの場
*3 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*4 教えを学ぶつどい