山本 愛 福岡県出身。平成26年8月に29歳で結婚。山梨県在住。平成27年12月に長女が生まれたことで写真に目覚める。夫のカメラで娘の成長と、娘にメロメロの夫の姿を記録することが日々の楽しみ。生長の家青年会員。光明実践委員。

山本 愛
福岡県出身。平成26年8月に29歳で結婚。山梨県在住。平成27年12月に長女が生まれたことで写真に目覚める。夫のカメラで娘の成長と、娘にメロメロの夫の姿を記録することが日々の楽しみ。生長の家青年会員。光明実践委員。

 私には一回り以上年の離れた兄と姉がいます。二人は進学や就職で上京したので、物心ついた時には、私は両親と3人で暮らしていました。親戚や近所の人から、「愛ちゃんだけでも、そばにいてあげてね」「お父さんとお母さんは、愛ちゃんが頼りなんだよ」と言われ、幼心にずっと両親のそばにいなきゃいけないと思い込んで育ちました。

 母から生長の家を伝えられて育った私は、幼い頃から家族で生長の家の行事に参加していました。大人になってもそれは変わることはなく、「このまま、ずっと両親と一緒なんだろうな」と思っていました。結婚は、両親と一緒に暮らせる男性か、地元の福岡に来てくれる男性が良いのではと考えていました。が、現実にはそんな男性がいるのかと、疑問に思ったこともあります。

 転機が訪れたのは平成25年秋、28歳の時です。この秋に山梨県の八ヶ岳南麓に移転した生長の家本部が、職員を募集していると聞いた時でした。この「森の中のオフィス」で働いてみたいと憧れていたので、福岡教区の教化部長(*1)に相談すると、「あなたはご両親のもとを離れられますか?」と言われ、ハッとしました。

 離れられないのは両親の方だと思っていましたが、私の心が両親から離れられずにいたのに、両親が私を離してくれないと、父母を責める心を持っていたのです。神想観(*2)の中で自分の心と向き合いました。何日か続けるうちに、「真に両親を喜ばせられる私になりたい。お父さんとお母さんを私から解放してあげたい。それが結婚であれば、本当に喜んでくれるんだろうなぁ」という思いが湧き上がってきました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 父に素直な気持ちを話してみようと思い、「お父さん、私が山梨に行きたいって言ったらどうする?」と聞くと、「お父さんは親やけん、子どものしたいことに反対したりはせん。お前のやりたいことがあるなら喜んで応援するに決まっとる」と言ってくれました。

 思えば、ずっと両親に本心を伝えることを避けてきました。進学でも就職でも、両親が望んでいると私が思い込んでいた道を選んでいました。物分かりがいいふりをしながら、本当はずっと「どうして私だけが……」という思いを抱えていたのです。

 初めて素直な気持ちを父に打ち明けたこの時、「父が本当に望んでいること、それはきっと結婚だろうな。あぁ、お父さんが喜んでくれる結婚がしたいなぁ」という思いが生まれました。

 それからは「お父さんとお母さんに祝福される結婚が決まりました。ありがとうございます」と神想観の中で祈り、同じ言葉を『日時計日記(*3)』にも書き始めました。 (つづく)

*1 生長の家の各教区の責任者
*2 生長の家独得の座禅的瞑想法
*3 生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊